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王暁京

 女子十二楽坊とそのプロデューサー王暁京の経歴について、ネットの中国・日本の報道記事の内容をまとめてみました。まだまだ完全ではありませんが、「ポップスと中国楽器」のコラボネーションに王暁京氏が目を付けたのは、坂本龍一のコンサートがきっかけだったという記事を発見。以下、年表風にまとめておきます。

王暁京 wáng xiǎojīng ワン・シアオチン(△ワン・シャオジン)

 北京世紀星碟文化伝播有限公司 社長
 崔健、江珊、陳琳、羅琦、陳紅、東方二重唱などの歌手のブローカー、プロデューサーとなってきた。長年、中国音楽を国際音楽市場に持ち込もうと考えてきた。

1988年
 王暁京、音楽界に入る

1989年
3月18日・19日 崔健の初の個人特別興行コンサートを成功させる。

1990年
 崔健と共同計画して、1990年北京アジア競技大会開催に賛助する崔健全国巡回コンサートを実施し、崔健の二枚目の個人アルバム「解決」に協力。

1993年
 女性歌手・陳琳の「あなたの優しさがわからない(你的柔情我永遠不憧)」と「ロック北京」を担当した。この二枚のアルバム発行後、当時の音楽界の権威ある雑誌「音像世界」から「1993年度国内最優秀アルバム」に選ばれる。

1994年
 「指南針」楽団の第一号アルバム「選択堅強」を完成。江珊のアルバム「夢里水郷」、劉海波のアルバム「人面桃花」、馮敏のアルバム「相信你也在感覚」。

 上記以外に、王暁京は陳紅、廖百威、東方二重唱、筠子、役者の厳暁頻などの制作にも関わり、歌手自身または歌曲を中国の各種のコンテストで受賞させた。
 10年間に王暁京は20枚以上のアルバムを制作・発行した。その中ではロック・アルバムや合同アルバムを含む。

1995年
 日本のNHKからアジアの有名人に選ばれ、「亜洲名人録」に入選する。

1996年
 このころ、中国ポップス低迷。

1997年
 坂本龍一が保利劇院でピアノを演奏したとき、一人の中国人演奏家が二胡を演奏しているのが王暁京の目にとまった。

1999年
 北京で新しい民楽ブームが起こる。中国の多くの音楽家たちがロックなどの現代音楽で中国民謡をカバーしようとし、これが「新民楽運動」と呼ばれた。しかし、新民楽運動はそれほど長く続かず、ポピュラー音楽の舞台において低調となった。王暁京は、逆に現代音楽を中国伝統楽器で演奏するという発想のもと、計画を進める。

2001年
5月、王暁京が全国からメンバーを募集。
6月18日、“女子十二楽坊”を結成。(日本メディアでは7月となっている)


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