川里美不过大草原,大草原铺上绿绒毯,
人中间英俊的是少年,少年是人间的春天,
花儿里俊不过红牡丹,人中间美不过少年。
凤凰山那个山头呀,穿破了天,一眼呀望不见的草原,
草原上的牡丹闹春天呀,春天的牡丹惹了少年,
少年人看上了红牡丹呀,爱上少年。
(Information by Hook, Confirmed by Sun-Ting)
山美美不过大草原 大草原铺上绿绒毯
人中间英俊的是少年 少年是人间的春天
花儿里俊不过红牡丹 人中间美不过少年
凤凰山那个山头呀 穿破了天 一眼呀望不见的草原
草原上的牡丹闹春天呀 春天的牡丹惹了少年
少年人看上了红牡丹呀 看上少年
*1 「哪里美不过大草原」とテレビには出ていたが、DVDの方を採用した。
フォンフアンシャン ナーガ シャントウヤ
チュアンポーリアオ ティエン
イーイエンヤー ワンプーチエンディ ツァオユエン
ツァオユエン シャンディ ムータン ナオ チュンティエン ヤ
チュンティエンディ ムータン ルーリャ シャオニエン
シャオニエンレン カンシャンリャ ホンムータン ヤ
アイシャン シャオニエン
※中国語の発音を正確にカタカナ表記することはできませんので、正確な発音はpinyin表記(アルファベットの発音表記)を参照してください。特にe音は正確に表記しがたい音です(エでもオでもアでもないような音です)。また、歌う時は四声(声の高低)がかなり無視されています。
「花と少年」
川の中の美しさは大草原に及ばない
大草原は緑の絨毯をしきつめる
人の中でハンサムなのは少年
少年は世の中の春
花の中で紅牡丹より美しいものはない
人の中で少年より美しいものはない
鳳凰山のその山の頂
空を貫いている
一目で見渡すことのできない草原
草原の上の牡丹は春を騒がせる
春の牡丹は少年を惹きつける
少年は紅牡丹を気に入って
(牡丹は)少年を好きになった
多謝! 阿さん、HKさん、Hookさん、Dickさん(50回聞き直した!)、樂坊香港迷さん、rosemaryさん、本宮さん、Yamashitaさん
このデータは日本・中国・香港・台湾の楽坊ファンの総力を結集して得られたものです。
2004年7月、Hookさんが孫婷さんに確認してもらって確定。
参考ページ1
07花儿与少年(歌入り)
08阿拉木汗(男女混声)
13阿拉木汗(お兄さんの声です)
14花儿与少年(歌なし)
参考ページ2
「花儿与少年」が6級に載っています。
(中国語の「花儿」=日本語の「花」ですが、歌の名前として使われるので「花儿」と表記しています)
青海ではいつでもどこでも「花儿」の歌声が聞こえる。
しかし「花儿」の詩で最も民族的な特徴を示すのは、有名な「花儿会」である。毎年旧暦5月から6月、民間で自発的に「花儿会」が組織される。会の参加者は少なくとも数万人、多ければ十数万人にのぼる。青海省「花儿会」の比較的規模の大きなものは、楽都県瞿曇寺(旧暦6月15日)、民和県峡門(旧暦6月15日)、互助県五峰山(旧暦6月6日)、丹麻(旧暦6月15日)、大通老爺山(旧暦6月6日)などがある。
高原の夏は最も美しい季節で、この時期の草は青く、麦の苗はよく肥え、花は開き、樹の葉は緑である。この時期になると、各民族の老若男女は鮮やかな民族衣装を着て、歓楽・幸福・喜悦に満ちた心で「花儿会」に参加する。「花儿会」で一問一答形式で歌う歌は、歌を競って黒山の人だかり、各地から集まってきた「歌い手」「歌の専門家」が即興で歌をでっちあげる。歌声はひっきりなしに続き、山川を震わせ、人を興奮させ、昼夜やむことがない。歌声、笑い声、拍手の音、喝采の声は海のように押し寄せる……西北に来て、花儿会でこのように高らかに、抑揚をつけた「少年」「花儿」が歌われるのを聞けば、外国のように感じるかもしれない。西北人、あるいは長期で西北で仕事をしている人は、とりわけ親切にみえる。高らかに響き渡り、豪放な「花儿」を聞いていると、あれこれと思い浮かび、人生の起伏に思いを馳せることになる。それは率直で非常に熱い青春の鼓動、青玉の山の緑の間を細くちょろちょろと流れるようなこまやかで心を打つ愛情……「花儿」は西北の魂であり、西北人の思いを集めたものなのである。
「花儿」は「少年」ともいう。これは広範に広く伝わっており、中国北西部の甘粛・青海・寧夏回族自治区・新彊の4省(区)と漢・東郷・撒拉・保安・土・蔵・裕固など8民族の人民の間での独特な民族歌謡となっている。その歴史は長く、淵源から長く流れ、内容は豊富であり、形式は多様、局長は美しく、濃厚な民族的特徴と高原の雰囲気を備えており、現地の広大な人民群衆に好んで受け入れられている。中国の民間歌謡が数多くある中で特別な風格を備え、独特の地位を占めており、貴重な口頭文学遺産となっている。「花儿」は大きく二つの種類に分かれる。洮泯花儿と河湟花児である。
「花と少年」の歌詞は詩経に似た手法であり、仄と韻を踏んでいる。叙事的なもの、問答的なものなど多くの形式がある。そのメロディーも多種多様で、直令・三閃令・三閃直令など数十種にのぼり、吟唱するときには歌う人は「令儿」上で柔軟に言葉をまねることができる(「令儿」は通俗歌曲の作曲に相当し、唱法を重んじる)。「花儿」「少年」を歌うには、歌い手は高度なことを要求される。
まず「令儿」の特徴と歌詞の意味に熟知し、しかもそれをより柔軟に応用できなければならない。それから、音域が広く、抑揚がついていなければならない。的確な表現で思いを込め、時には声を高く、高らかに響き渡らせ、時には低くゆるやかにし、「裏声」に移行しなければならないこともある。その他、「花儿」の吟唱時は特別な呼吸と手の姿勢が重要だ。
「花儿」は民間の口頭文学形式となっており、大衆生活の中に欠かすことのできない芸術だ。これは人民詩の源泉であり、他の地区の山歌・民歌・情歌と同様、習慣が一般化して決まりができている。花儿の起源は男女青年のラブソングにあり、民歌の中でも最も純真・最も美しい部分であり、表現は率直で自由である。花儿の起源が男女のラブソングにあるため、普通の状況下では年長者の前で歌ってはいけない。こうなると、戸外に花儿が集まってくることになる。ここから、花儿は「野曲」と呼ばれることもある。社会の文明的な進歩と人民生活水準が日々向上するのに従って、西北地区では、人々は文化活動をさらに希求している。そのため、民間の「花儿と少年」がまず目覚め、大衆に受け入れられるようになった。そして有名な花儿歌手が生まれた。花儿・少年の活動場所についても農村のあぜから人々の集まる広場に広がり、「花儿」がある地方ではみな「花儿会」が開かれるようになり、規模も年々大きくなってきた。花儿の名家の歌う作品はレコードとして発行されている。花儿会が重い岩の重なり合った山々の風光明美な名山の景勝の地で次々と行われるのが、この地方の各民族の団結と集団娯楽の方法である。
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