二胡は胡琴とも南胡とも称する。つまり、胡琴の発展してできたものである。
琴筒は木か竹を使って作り、一方の端は蛇皮をかぶせ、二本の弦を張る。竹弓に馬の尾を張り、二弦の間に挟んで演奏する。音色は柔和で優美だ。
二胡は声楽の伴奏や器楽演奏に用いるだけではなく、二十世紀の二十年代に独奏楽器として発展した。
共和国建国後、二胡は不断の改革が進んだ。絲弦は鋼絲弦に改められ、音量は拡大し、音質はさらによくなった。「双千斤」を使って低音域が増えて、低音は四度拡大し、有効音域は三オクターブとなったのである(a~a3)。
二胡はたいてい五度定弦法を採用しているが、地方色のある楽曲を表現するためには四度定弦法を用いる。
(以上、人民音乐出版社『中国乐器介绍』より)
二胡は胡琴の発展したもので、かつては胡琴や南胡と称された。広く伝わった点では他の楽器と比較にならない。音色は優美で、表現は力強く、これは中国の主要な拉弦楽器の一つとなっている。独奏・民族器楽合奏・歌舞や声楽伴奏で、地方戯曲・歌い物いりの講談音楽の中でも重要な地位を占める。
中国の歴史では禁じられたことが非常に多い。二胡は清朝の初めにも禁じられた。清王朝の嘉慶帝(1796~1820)は、退位した父の乾隆帝を太上皇としたため、一時期、朝廷では二人の皇帝の共同統治となった。このとき、「二皇」と音の通じる事物や名前はすべて排斥された。戯曲の歌の中の「二黄」は「二皇」のようだとこじつけ、嘉慶には不敬とされた。また、二胡の上の二本の弦は老弦・子弦と称する二弦であり、これもまた「二皇」に通じた。さらに、もし二胡を演奏しているときに老弦や子弦が切れてしまったならば、それはまさに断頭の禍に直結した。このため、非常に長い期間にわたって二胡は禁止された。清朝末期に社会の対立が激化し、朝廷がそのようなことを考える余裕がなくなったとき、梨園の芸人たちは二胡の音を鳴らし始めたのだった。
現在、二胡はすでに最も広く流行している楽器の一つであり、大通りにも路地にも、農村でも僻地でも、どこでも二胡の音を聴くことができる。
現代の傑出した二胡音楽家としては、劉天華と阿炳がいる。
二胡の弦について、一応詳しく説明しますね。
2本の弦の間に弓の毛が挟まっている状態で、手前(体側)の弦を弾くときには弓を体の方に近づけるように力を入れます。逆に外側(体から遠い方)の弦を弾くときには体から遠ざけるように力を入れます。弓の毛は、ある程度たるんでいますので、手前の弦と外側の弦を弾くときの力の入れ具合を変えなければならないので難しいです。
女子十二楽坊のみなさんのように、あんなに早いフレーズを、2本の弦同じ音量で正確に弾いて、さらに音に味をつけるのは非常に難しいことです。私のような素人がこんなことを語るのも罰当たりですが、それにしても本当に彼女たちの演奏は素晴らしいですよね。
それと、もし、今まであまり二胡の演奏を聴いたことが無ければ、劉天華さんなどがお勧めです。
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