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 琵琶

pipa.gif 琵と琶はもともと2種類の奏法の名称で、琵は右手を前に弾き、琶は右手を後ろに弾くものだった。秦・漢から唐に至る時期の間に、琵琶の二字は多くの種類の弾弦楽器の総称となった。そのころ、琴の柄は長いものも短いものあり、円形の音箱のものも梨型の音箱のものもあり、木面のものも皮面のものもあり、弦の数は多いのも少ないのもあり、横にして弾くものも縦にして弾くものもあり、奏法さえ似ていれば一律に琵琶と呼んでいて、特定の楽器の専用の名称ではなかった。宋代に至って、琵琶は一つの名詞として使われ始め、意味も狭まり、梨形の音箱のものを琵琶ともっぱら呼ぶようになった。

 秦・漢の時代に二種類の琵琶が登場した。紀元前214年ごろ、中国人は鼗鼓の形を参考にして、柄がまっすぐで円形の音箱、両面に皮をはり、手で弾いて弾く楽器を作った。これを弦鼗とよび、またの名を琵琶という。
 紀元前105年ごろ、中国人は箏・筑・箜篌などの楽器を参考にして、木製の柄がまっすぐで円形の音箱、四本の弦があり、12本の柱があって、縦に抱えて、手で弾く楽器を作り、これも琵琶と称した。後世の人はこの種の琵琶を秦琵琶と呼んだ。晋の阮咸はこの楽器を弾くのがうまかったので、これを阮咸とか、略して阮とか呼ぶようになった。

 6世紀(530年ごろ)曲項琵琶がインドを通じて中国北方に伝来した。西暦551年以前にはまた南方へ伝わった。それは中国の歌舞芸術の発展を促し、唐代大曲は常にその演奏を用いた。琵琶は独奏楽器以外にも歌曲・歌舞・曲芸・戯曲の伴奏や器楽合奏に用いられた。
 
 現在の琵琶は曲項琵琶の形式を取り入れ、秦琵琶の優れた点と結びつけて改革してできたものである。外来の曲項琵琶は木製の梨形音箱で、頚部は曲がり、弦は四本、四柱、バチで弾いて演奏する。長期にわたる不断の改革によって阮の多柱・手弾などの優れた点を取り入れ、十四柱になり、横にして弾いていたのを縦に弾くようになり、もともとの曲項琵琶とはずいぶんちがったものとなった。
 中華人民共和国になってから、琵琶もまた発展し、絲弦を鋼絲弦に改良し、あるいはナイロンを巻き付けた鋼絲弦とした。31柱に増え(六相二十五品)、12音半を有し、12の転調が可能だ。音域と音量は拡大し、音色は明るく、琵琶の表現力は高まった。


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[No.1] トラックバック:「中国琵琶」(@China)[2005年04月25日 17:19]

日本では女子十二楽坊の登場まで、二胡と違い殆ど認知度のなかった琵琶です。かく言う私も、民俗音楽系は好きですが中国イコール二胡のイメージで楽坊を聴く前には、たまたまTVで見かけた”チェン・ミン”を聴いていました。元々”楽坊”を聴き始めたのも、友人から教え...……[全文を読む]

[No.2] トラックバック:「琵  琶」(@無国籍音楽畑)[2005年04月25日 17:38]

日本では女子十二楽坊の登場まで、二胡と違い 殆ど認知度のなかった琵琶です。 かく言う私も、民俗音楽系は好きですが中国イコール二胡のイメージで 楽坊を聴く前には、たまたまTVで見かけた”チェン・ミン”を聴いていました。 元々”楽坊”を聴き始めたのも、友人か...……[全文を読む]

[No.3] トラックバック:「中国琵琶」(@無国籍音楽)[2005年05月05日 06:15]

日本では女子十二楽坊の登場まで、二胡と違い殆ど認知度のなかった琵琶です。かく言う私も、民俗音楽系は好きですが中国イコール二胡のイメージで楽坊を聴く前には、たまたまTVで見かけた”チェン・ミン”を聴いていました。元々”楽坊”を聴き始めたのも、友人から教え...……[全文を読む]

[No.4] トラックバック:「琵琶」(青島便り)[2005年12月30日 19:28]

 先月から琵琶 pipa を習い始めました。せっかく中国で暮らすのだから、何か……[全文を読む]

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