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女子十二楽坊は王菲を破り鄭麗君に匹敵する

[金羊网-新快報 2003-09-17 の記事を適当に訳しました。松永]


 今年7月に「女子十二楽坊」ははるか日本へ赴き、アルバム「奇跡」の全世界発行のための活動を行なった。日本で彼女たちは目を見張るほどの奇跡を生み出した。第1アルバム「奇跡」の販売数はめざましく、連続して十数日間首位を占め、CD発行はすでに90万に近づいている。ゴールドディスクとプラチナディスクを獲得し、まさに100万枚のダブルプラチナディスクにむけて追い込み中だ。これはかつての鄭麗君テレサ・テン以外には、中国人芸能人が未だかつて達成したことのない記録である。ここ数年で日本で最も受け容れられた女性歌手の王菲フェイ・ウォンも、その最高記録は2.6万枚であり、売り上げランク第19位だった。
 時代の先端を行き、変化に富む「女子十二楽坊」は、古くて純正な中国民族楽器に新たな光を当て、中国民間音楽を世界に知らしめる一つの試金石となっている。

 見ると聞くとが等しく重要な民間音楽

 2001年7月創立の「女子十二楽坊」は、十二人の若くて美麗な民俗歌姫グループであり、舞台上にあっては美しい光景を見せ、十分に目を楽しませてくれる。楽坊のプロデューサー王暁京はこう語る。「新民楽は以前にも行なわれていましたが、ただ歌うことだけに専念していました。その後の巡回楽団の革新も歌う音楽でしかなく、楽器そのものを見落としていました。そこで私は楽器から着手しようと思ったのです。女子十二楽坊と陳美ヴァネッサ・メイ棒辣妹bondなどの雰囲気は違います。我々の場合は舞台上を走り回ることはできず、中国の民楽はあんなふうに楽しませるわけにはいかないのです。12人の女の子がみな立って楽器を演奏していますが、立っている姿は見栄えがいいので視覚効果が伴います」。楽団の中には、多くの人に知られている古筝・揚琴・二胡だけではなく、あまり知られていない民族楽器の独弦琴・莪?・吐良などもある。まさにこれらの純粋な中国民族楽器を使って「女子十二楽坊」はラテン、ジャズ、ロックなどの様々な西洋ポピュラー音楽の要素をあわせ持つ楽曲を演奏している。まさに現代の息に満ちており、地域を超え、同時に当方の趣のある音楽の風を世界中に伝えているのである。

 民間音楽を浪費するのではなく、市場を開拓した

 時代の流行と伝統の境界にある「女子十二楽坊」であるが、彼女たちの音楽は金属的な感じの強い大都市を通り抜けた。日本でのファンは20歳から60歳と幅広く、これほど広い大衆に受け容れられたのは日本の音楽界でもここ数年なかったことだ。楽坊が到来するやいなや、大衆市場に広く受け入れられ、多くの若者たちがこの種の古典と最先端双方の音楽要素を含む演奏方式を好むようになった。「女子十二楽坊」のプロデューサーである王暁京は、中国現代流行音楽の最重要な創始者の一人である。最初に中国ロックの父・崔健のプロデューサーとなったときから、中国のポピュラー音楽をどのように世界に広めるかを考えてきた。王暁京は「女子十二楽坊」はポピュラー音楽に属するものであり、商業化の道を進むと述べている。「わたしたちは民楽を浪費しているわけではないと思います。わたしたちはただ新しい形式を開拓し、民楽の新しい市場を探し当てたのです」
 北京の有名な音楽評論家・宋暁明が評するとおり、「女子十二楽坊」の表現する音楽は、中国伝統音楽と現代ポピュラー音楽を融合させたものである。メンバーはみな最も優れた民楽演奏家であり、音楽観念においては、中国伝統芸術の間にある派閥にとらわれた偏見を取り払った。ある意味、「女子十二楽坊」は民族音楽の発展を推進しただけではなく、現在の文化市場における時代の流行を導くものともなっている。

 ブランドの隊列を作り出せ

 2002年、全国17000回の公演は、芸術的・娯楽的にまさに称賛に値するものであり、また利益を上げるものでもあった。有名なプロデューサー王煒氏は記者の取材にあたって繰り返し強調した。「観衆には本当のブランドの公演を見させなければならない。我々自身のブランドの隊列を作り出さなければならない。さもなくば、文化産業は空論になってしまう!」。氏は「女子十二楽坊」の成功こそ、まさに中国文化ブランドの重要性を体現したものだという。
 「女子十二楽坊」の登場後、星碟公司は集団ブランドのイメージを作ろうと力を注いでいる。公演の雰囲気を固定し、公演人数を固定し、楽器の種類を固定し、「十二楽坊」を商標登録したため、「女子十二楽坊」は持続的に経営できるブランドとなった。これは、新しい明星スターの管理構想によって業界の耳目を一新するヒントとなる。「女子十二楽坊」が日本と契約したのは出国の名義を借りたのであり、これによって人々の心の中の「金の純度」を高めている、と考える人もいる。実際、王暁京が「女子十二楽坊」を創設した当初の考えは、中国民楽を国際社会に向かわせようというものだった。プラティア・エンタテインメント株式会社の責任者・本多計広氏は、東方音楽を世界のポップミュージックシーンに取り入れようと考えており、この楽隊と接触したところ、一目で彼女たちを気に入った。『奇跡』の発売が成功した後、2億円を投資して全力で「女子十二楽坊」を売り出し、世界でも並ぶもののない音楽ブランドにしようと計画している。




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