http://fm974.tom.com/1026/1367/2004212-32563.html
2004-02-12 出所:光明網-新京報
王暁京さんのインタビュー(今後の戦略など)と、数人のメンバーの語録です。
“女子十二楽坊”の音楽は前途が明るい
この女性民楽グループは、12名で中国古楽器を演奏し、平均年齢23歳の女性たちである。2001年、ロック歌手の崔健のもとプロデューサーだった王暁京は、北京で各音楽学院・大学から団員を募集し、試験した。試験は3ラウンドに分かれていた。第1ラウンドは演奏の技巧を試験する。第2ラウンドは面接試験。第3ラウンドはスタジオでのライブ演奏だ。数百名の応募者から12人の女子生徒が実力を買われ、3か月の育成訓練を行なった。彼女たちは美しい容貌だけでなく、専門演奏レベルが高く、しかも中国の高等な音楽の学校を卒業している。
女子十二楽坊は古箏、揚琴、二胡その他あまり知られていない民族楽器、たとえば独弦琴、莪芘、吐良なども使っている。また、ラテン、ジャズ、ロックなどの西洋流行音楽の曲と融合している。団員はみな二、三種類の楽器を演奏でき、十種類以上演奏できる人もいる。“女子十二楽坊”が表現する音楽は、中国伝統音楽と現代ポップスの融合であある。彼女たちは優秀な民楽演奏家で、音楽観念についてはすでに中国伝統芸術にみられる派閥的偏見はなくなっている。ある意味、“女子十二楽坊”は民族音楽の発展を推進しただけではなく、現在の文化市場における時代の流行を生み出した。
新京報:今回の王洛賓作品コンサートで、みなさんは彼とは違った理念があると思いますが、どのような方法で体現しようとしていますか?
王暁京:この2回のコンサートは国際化する。音楽の流行化、リズムの変化、電子音バンドの加入、西洋の楽器配置手法などだ。それ以外にも、照明・音響・踊りなどの方面でも力を入れている。
新京報:女子十二楽坊は現在日本のディスク製品の売り上げ(CD、DVD含む)がすでに250万枚を超え、楽坊は日本の紅白歌合戦にも参加しました。これは中国の春晩に相当します。去年から「南方都市報」では2003年中国権力ランキング第二位としました。それは張芸謀より上でした。この業績をどう評価しますか?
王暁京:これらの業績は、主に縁によるものだ。楽坊の音楽が日本でこのような業績を得られたのは、我々の音楽が日本人の心に受け入れられたからだ。日本の会社は十二楽坊を癒しの音楽とした。ここ数年日本経済は衰退しており、人々は比較的抑圧されていて、エネルギー不足である。そこで十二楽坊の音楽は人に興奮を与え、人生に希望を与え、意気込みを与えるようにした――広告の言葉はこのようにして作られた。同時に我々は四十歳以上の人たちの鑑賞レベルに合わせた。彼らは若いときにレコードを聴く習慣があったが、音楽が発展するにつれて、市場では彼らに合うレコードはどんどん少なくなってきていた。十二楽坊は彼らを狙い打ちにし、市場を補ったのだ。
新京報:聞くところによると、日本のレコード会社との縁も非常に劇的だったとか?
王暁京:あまりに劇的だった! 日本ワーナーレコードとの契約が結ばれたところ、香港にあるアジアワーナー総裁が我々を認めず、投資しようとしなかった。ここで日本のワーナーの担当者が怒り、このことですぐに辞職して、北京の私に会いに来た。彼は私に言った。「十二楽坊のレコードを出すことに私は興味がある。私は今金がない。会社もない。それでも契約してくれるか?」私は言った。あなたを信じよう。私は契約しよう、と。
すぐに彼は日本ワーナーレコードの主力の人間を引き抜いて、資金を集め、十二楽坊の第一アルバムのために、10億円のうち2億円を投資した。結局、このひとつのレコードのために、60億円ほどの売り上げがあった。彼の新しい会社は去年3月に創立したばかりだが、今、日本の芸能界の収入ランキングで8位だ。この人は塔本一馬という。現在、日本の芸能界の伝説的な人物となっている。彼は十二楽坊で名を挙げ、日本ワーナーは十二楽坊で有名になれなかった。
新京報:民楽の改革について、実のところ内地で非常に多くの人が「新民学運動」を試みてきたが、成功しなかった。あなたはどのように考えてきたのか?
王暁京:私はかつて2年間、内地の市場を観察し、いくつかの改作した融合音楽を聞き、編曲と製作にはまだ欠陥があると思った。十二楽坊は率先することになったが、これ以後は一つの方向で、以前は民楽を改変する人が多かった。これからも試みる人がいるだろうし、私はこういう競争があるのはいいと思う。
成功についていえば、成功は多くの要素を含んでいる。私は、最も重要なのは、コンセプトの確立だと思う。レコードのコンセプトと位置づけは非常に重要で、我々の第三アルバムはヨーロッパ市場に向かう。これはアジアで中国伝統文化として知られているのがシルクロードである。シルクロードを通って我々はヨーロッパを認識し、ヨーロッパも我々を認識している。そこで、我々はこのアルバムのテーマを「敦煌」とした。
日本市場ではまた別の特徴があり、これはすべてデータによっている。第二アルバムはこうして作られ、フィードバックを見ることになる。すべてのショップはすべて私たちの統計となり、購入者の最も喜ぶ歌曲の並び順を作った。我々は分析研究し、一つのアルバムの位置づけができたのである。最も難しかったのは第一アルバムで、それ以後は手がかりができている。当然、これは日本のレコード市場が成熟しているおかげである。レコード会社に居ながらにして、どの町のどのショップでこのアルバムの売り上げがどういう状況下をすぐに知ることができた。これは今の中国国内では実現不可能だ。
新京報:こういうふうにも言われています。「どうして日本であんなに十二楽坊が喜ばれ、香港でこれほど十二楽坊が喜ばれるのか?」と。これは実のところ、民楽をわかっていないのでしょう。
王暁京:そうだ。数十年間、民楽を私は聞いてきた。そこで私は問いたい。あなた方は何に基づいてそんなに怒っているのか、と。実は私も以前は民楽をほとんどわかっていなかった。このプロジェクトを運営するにあたって、私は民楽の歴史を研究した。十二楽坊以前の中国民楽は経営された歴史がない。初期の劉天華、阿炳たちは生活が苦しかった。少し高尚なものとしては宮廷音楽があった。民間のは冠婚葬祭であった。どちらも商業ベースではない。解放後、民楽団体は国家投資を受け、文化交流を進めており、純粋な商業演奏でチケットを売るのは非常に少ない。十二楽坊はまるで違っている。1月2日、日本武道館で講演したが、数千枚のチケットが八分で売り切れた。4月1日から5月9日まで31会場を巡回公演するが、チケットは一日で全部売り切れた。
今度の北京での“王洛賓コンサート”では、日本から千名のファンがやってくる。これも国内での流行歌手にはやれないことだ。我々は五、六月ごろには欧米市場に打って出る。
新京報:あなた方の音楽の品質は高くない、という人はいますか?
王暁京:意見の不一致はありえる。しかし、我々は自分たちの喜ぶ音楽を作っており、伝統音楽の好きな人はそれを作ればいいのだ。彼らの発言はあまり気にしていない。説明もしない。我々は自分が新民楽だの先鋒だの世界音楽だのと言っているわけではない。我々は楽坊の音楽なのだ。
そのほか、高尚な音楽を通俗で易しいものとし、人々を安らがせ、気持ちよく民族音楽を聴けるようにしたのもポイントだろう。それに、我々のこの女の子たちは見てくれがいいだけではない。みんな音楽学院を卒業し、基礎的な技能に優れている。専門学校の人たちにできることは我々もみなできるが、我々にできることが彼らにできるとは限らない。
新京報:楽坊は楽器の編成や演奏技法でも大きな突破を行ないましたね。
王暁京:そうだ。レコーディング室の中で、我々は繰り返してこれらの楽器を磨き上げ、別の音を出すことができないかどうか試した。琵琶でギターのような弦を掃く演奏方法ができないか、というように。その他、洋琴の鍵盤はふろしき包みの革を使って効果を出し、古箏にも多くの異なった演奏方法を取り入れた。その結果、これらの実験の大部分は成功した。
新京報:最初は崔健のプロデューサーで、その後、星〓唱片を創立し、陳琳指南針などの流行歌手を生み出しました。当初、民楽を始めたとき、笑われたりするおそれはありませんでしたか?
王暁京:私を笑う人もいたが、幸い、今は成功した。ここ数年、レコード会社で支配人をして、重要でないことをしなければならないように感じていた。最も重要なのは経営コンセプトであり、どのような価値を創造するのかということだ。私の出費と所得は正比例している。十二楽坊が日本で成功した第一の賭けの勝利で、60億円(人民元で四億余り)が手に入った。これは相当のバックとなる。私がもし失敗していたら、二度と賭けはしなかっただろう。しかし、そこで止まるわけではない。
私と日本のレコード会社は共同して、アメリカ市場で利益を生み出そうとしている。アメリカで100万枚のレコードを売るのは、日本での事情とずいぶん異なっている。今回の公演後、我々の仕事はようやく始まるところである。
楽坊メンバー語録
二胡・独弦琴
雷滢:私たちはカラオケも好きです
解放軍芸術学院卒業の雷滢が楽坊で演奏する楽器は、二胡以外に、珍しい独弦琴がある。独弦琴は古い辺境少数民族の楽器である。現在、楽坊はこの種の古い楽器に新しい活力を注ぎ込み、琵琶の奏法を参考にして打撃楽器の手法を取り込み、さらに表現力を増した。「普段の生活については、日々の練習が大変になったけれども、王さんはうまく集まりを手配してくれます。みんなが特別喜ぶのは、一緒にカラオケを歌うことです」
揚琴
楊松梅:また揚琴が好きになりました
中国音楽学院を卒業したこの娘は、七歳の時に揚琴を学んでいたが、もう少しで放棄するところだった。ある日、あるコンサート会場で揚琴の流れるような音を聞いた。そのとき非常に驚いた。揚琴はこんなに素晴らしい音で演奏できるのか、と。このような音は演奏者の技量によるものだ。彼女の専制も揚琴の演奏技法を改めた。そして、彼女は揚琴をまた学習しはじめた。「人に美しい感覚を与えられるような、人に感情を伝えられるような、そんなのがいい音楽なんです」
管楽器
孫媛:私たちはカニを食べる人なの
大きい目の満州族の女の子である孫媛は、中央民族大学を卒業しており、笛その他の少数民族管楽器を演奏する。彼女は記者にこう語った。「伝統的な笛は一般には五音しか出しませんし、一般には独奏によくつかわれます。でも、楽坊の音楽はこの点でも大きく違っていて、七音の笛で旋律も豊富、そして管楽器の表現力が豊富になったので、楽坊はさらに多くの民楽のパイオニアになったんです。もちろん、音楽の雰囲気も現場の演出であり、多くの方面で開拓精神をはっきしています」
琵琶
仲宝:みんな姉妹みたいです
琵琶の演奏者の仲宝は言う。「私たちはみんな比較的外向的です。私たちの音楽は音楽だけではなく、視覚的にも美しさを与えるものです。みんな表現欲があって、しかもみなさんご存じのように、私たちが作っている団体は特別な協力合作です。ですから、舞台の上でも下でも関係なく、みんな姉妹のようです。もし違いがあるとしたら音楽についてのものだけ。これがわたしたちの不断の進歩の原動力なんです」
二胡
詹麗君:王さんは家族に似ている
中央音楽学院を卒業した詹麗君は楽坊では二胡の演奏を担当している。彼女は記者にこう語った。「伝統的な二胡演奏は風格と趣を重視します。リズム韻律方面では比較的整っています。楽坊では二胡のリズムも豊富で、強烈なリズム感を駆使してライブ演奏し、これまでの民学園葬の臨場感に欠けていたものを突破しました。音楽は言うまでもなく、身体感覚を強めて、舞台はさらにおもしろくなったのです」また、王暁京について「私たちの家族に似ています」と言った。3年前に成立し、現在の成功をもたらした王暁京は、女子十二楽坊を育成したのである。
Powered by
Movable Type 3.2-ja-2
コメントとトラックバック
[No.1] 投稿者:non@[2004年02月14日 07:12]
>松永さま
何時もながらすばやい対応ご苦労様です、みんなすばらしい事を言ってるんですね。これからの発展に期待しましょう、でも益々忙しくなって大変だなあ、体に気をつけて欲しいものです。
[No.2] 投稿者:kiyo[2004年02月14日 10:27]
>松永さま
早速の翻訳有難う御座います。Web翻訳でおおまかなところは、解りましたが細かい部分はやはり勘に頼りがちになりますので、非常に助かります。沢先生や矢さんが総合板で仰ってみえたように、やはり力技が一番の近道なんでしょうか?
とりあえず、お礼まで。
[No.3] 投稿者:もも太郎[2004年02月14日 18:07]
>松永さま
ありがとうございました。早速読ませていただきました。
王さんと塔本社長の並々ならぬ信頼関係も、武道館公演の後で彼が流した涙の持つ意味も、これで少し分かったような気がします。
ちょっと分からないところが。
孫媛:私たちはカニを食べる人なの・・・私も食べますが??(たま~にですが)
[No.4] 投稿者:きんた。[2004年02月14日 19:16]
@松永さん@
いつもありがとうございます。
枠にはめたがる世間に対して、強いて言えば彼女たちのカテゴリーは”女子十二楽坊”なんですよね。
王さん、塔本さんらの指揮によって、彼女達の音楽はこれからも進化していくと思うんです。
私たちが輝煌で度肝をぬかされたように、例えば独弦琴にエフェクターを繋げたり、琵琶がバンジョーになったり・・・
誰にもまねする事ができない彼女達の世界。
狙い撃ちされた対象として、どこまでも付いて行きますわ。
[No.5] 投稿者:COO[2004年02月15日 01:14]
広い視野を持って行動することが大事ですね。それと確固たる信念とね。
またこれらが良いバランスで動いていることが大事。広い視野を持っていながら、流されやすければ肩すぼめてしまうことばかりになってしまうし、確固たる信念で動くのは良いけれど周りが見えなくなれば、ただの自己満足で嫌みな感じになってしまいますよね。
伝統的なモノをいったん壊すには伝統を骨の髄まで知った人でなければならない(何も知らずに壊すのは、ただの恥知らずだよね)から、そういったメンバーを必死に捜して、メンバーも必死にやってきたんだと思います。
多分これからも彼らは必死にやっていくと思います。
応援します、ボクらは…。
[No.6] 投稿者:ずき達[2004年02月17日 19:13]
私はイージーリスニングやクロスオーバー、フュージョンを好んで聴き、また
アマチュアのフュージョンバンドを組んで下手ながら演奏したりしていますが、
「ホール・モーリアは音だけで中身の無い音楽なので良くない」「フュージョン
は軽くて魂が無く、悪いジャンルである」といった批判を、いろいろな人から
受けたことがあります。「他は何でもやるけどフュージョンは×」という扱いも
とあるプロミュージシャンから受けたことがあります。一個人の好みでしかない
ことを、あたかも「業界はこうだからダメなものはダメ」みたいにふるまう人も
います。
正当な理論と技能により制作され、正規のルートで刊行され、愛好者も多いジャ
ンル、というのに、私が好むジャンルを悪いものとして扱う、さらに「そのジャ
ンルを好んでいるからお前は変なヤツ」と位置づけられて私が村八分にされたり、
という仕打ちを受けたことがあります。時には涙を流したり (車を運転中に急に
涙があふれてきて走れなくなったり、部屋で荒れたり ...)、時にはあるバンドの
打ち合せで大荒れして ... でした。
私は、これを「ジャンル差別」と称して、事あるごとに強力に抗議しています。
王暁京さんも、そんな目=「従来に無いものだから×」「ポップス色あるから×」
みたいな圧力に遭いながら女子十二楽坊のプロデュースを進めているのでしょう
か。「二胡とエレキギターを一緒に鳴らすんじゃない!」みたいな圧力を業界の
有力者などから受けたりしているのでしょうか。そうであれば遺憾なことです。
正当な理論と技能 (中国古典音楽は私は良くわかりませんが) により制作されて
いる、質の高い音楽である以上、そういうことはあってはならない、と強く考え
ます。
新しいものに取組む王暁京さんには頭が下がります。成功して良かったと思います。
圧力に屈しないように、と彼らを応援したいと思います。
[No.7] 投稿者:池田裕一(19歳)[2004年02月20日 09:59]
レイさんの言葉目にしみました。(すいません、レイさんだけの感想で)
>現在、楽坊はこの種の古い楽器に新しい活力を注ぎ込み、琵琶の奏法を参考にして打撃楽器の手法を取り込み、さらに表現力を増した。
この言葉はすばらしいものです。これからも楽坊メンバーとしてがんばってほしいです。
トラックバック(参照元逆リンク)用URL
http://www.twelve-girls-band.info/mt/mt-tb.cgi/165
この記事へトラックバックする場合は、このトラックバック用URLを、あなたのウェブログ等の投稿ページの「トラックバック先のURL」欄に入れて更新してください。参照:3分でわかるトラックバック
コメント(ご意見・ご感想)を投稿する