二胡が4つ、琵琶が3つ、すばやく動く120本の指を持ってるのはなぁに? 中国初の輸出可能なスーパーグループ、女子十二楽坊に会う
TIMEアジアマガジン2004年5月31日号の記事(TIME Asia Magazine: A Dozen Roses -- May. 31, 2004)の翻訳です。
By Ilya Garger 東京
――北京:ジョディー・スーと東京:とやまみちこによる報告
2004年5月24日月曜日
中国遼寧省出身で朗らかな20代の張爽は、典型的なポップスター的な人物というわけではない。歌ったり踊ったりもしないし、「服がずれてぽろり」なんてこともない。これまでの生涯で打ち込んできた主な技能といえば、中国のリュートに似た楽器「琵琶」を演奏することで、それは「トップ40ランキング」よりも京劇に似合っている。成長して、張はこの専門技能がどれほど役に立つかについて現実的に考えていた。「幸運であれば、わたしは伝統楽団に入って、副業として楽器を教えていたかもしれません」
張はもっと幸運だった。女子十二楽坊(12 Girls Band)のメンバーになったからだ。中国伝統楽器の古びた曲を熱烈に演奏するこの若い女性グループは、祖国の外で大評判となった。初の海外アルバムBeautiful Energyは、昨年夏以来、日本で200万枚、アジア中で数十万枚以上を売り上げた。先月の32公演の日本ツアーは10分で売り切れ、第2アルバム「輝煌(Shining Energy)」は3月のリリース後、プラチナになった。東京の音楽雑誌オリコンの編集者宮崎れい(※漢字不明)はこう語る。
「彼女たちは日本のトップスターたちよりも多く売っていますよ。外国のバンド、しかも中国のバンドがそれを成し遂げるなんて、だれも思っていませんでしたね」
中国製品が世界的な市場へ進出している今、女子十二楽坊は大陸の最初のポップス輸出品となったのだ。日中間の文化貿易のバランスは、これまで明らかに日本に有利だった。中国の若者たちは日本のテレビドラマやポップアイドルを追いかけたが、堅苦しい大陸の娯楽産業は交換になるものをほとんど出してこなかった。しかし、今日、女子十二楽坊(実際にはメンバーは13人いる)は、日本のどこにでもいる。チョコレートと携帯電話のコマーシャルの主役を演じているし、コメディアンはテレビでパロディーしている。そして、その「有名料」として最もわかりやすい例かもしれないのだが、真似をしたアダルトビデオまで出ているほどだ。
衣装を風にたなびかせ、ゆらぐことなく堂々としたスチュワーデスのような微笑みで優雅にくつろぐ十二人の女性たちは、日本のポップスから中国民族音楽の名曲、アメリカのジャズ・スタンダードに至るまでのすべてをイージーリスニング器楽曲スタイルで颯爽と演じる。グループの作曲家・編曲者の梁剣峰(Liang Jianfeng)は、その音楽が「中国音楽と西洋音楽の最もいい要素を組み合わせたものです」と語る。実際、それはエキゾチックな輝きを創り出すのに十分な中国風味を保っていながら、二胡(2弦バイオリン)のうねりや琵琶の音色に馴染んでいない聴衆を疎外することはない。その完成品が中国風であるのは、エンヤがケルト風であるのと同様。しかし、そのカルチャーショックをやわらげる旋律は、国境を越えていけるものだ。ジャズ名曲「テイク・ファイブ(五拍)」の女子十二楽坊版は現在、東京のコンビニの音響システムで鳴り響いている。
ビジネス的に見ても、女子十二楽坊は従来の娯楽音楽よりも大胆だ。このグループは、北京のロック・プロデューサー王暁京が着想したものだ。王は数年前、中国のエリート音楽学校の最もかわいい女性たちから選考したバンドをつくるというアイデアを思いついた。2001年、4000人の女性たちからラッキーな13人をオーディションで選んだ王はこう語る。
「何よりもまず第一に、彼女たちは美しくなければいけませんでした。12人の美少女がステージ上に立っているだけで壮観なものです。音楽がなくてもね」
才色兼備であったにもかかわらず、このバンドは中国の聴衆にはそれほどヒットしていなかった。幸運が訪れたのは、東京のワーナーミュージック上級管理職だった塔本一馬が、女子十二楽坊のコンサートビデオを見て、日本に輸入しようと決めてからのことである。
「すっかり意気消沈してしまった日本にショックを与えるには、新しく、活気に満ちた音楽が必要だ、と思っていました。女子十二楽坊を見た瞬間、大物になるだろうとわかったのです」
その上司には確信がなかった。そこで塔本は退職し、独自の音楽レーベルを始めたのである。それはうまくいった。塔本のプラティア・エンタテインメントは最初の年に約5000万ドルを稼いだのである。
成功しても、バンドメンバーはロックスターのような生活スタイルになるわけではなかった。王プロデューサーによると、その年収は数万ドルだという(ただ「ほとんどの中国の民楽楽団員はもっと少ないですよ」とすぐに付け加えたのだが)。しかし、私利追求はあまり優先ではないようだ。「わたしたちが外国にいるとき、個人ではなく、中国の代表だと考えるようにしています」と張爽は語る。それは、社会主義ポスターの少女のような愛らしい愛国心にあふれていた。バンドの次の目標、それはアメリカだ。アメリカデビューアルバム「Eastern Energy」――コールドプレイの「クロックス」もカバーしている――が発売される8月には、アメリカ人がこのグループの魅力に屈することを王は願っている。「私はばくち打ちですよ。そして、再び賭けようとしているんです」と王は言う。
それはよい賭けだ。音楽に厳しい人たちにとってさえも、このバンドのしとやかな舞台での風采、名人的な技術、そしてその中でも特に、楽器を演奏するときの幸せそうな様子には、何かうっとりしてしまうものがある。11歳のときに家を離れて北京中央音楽学校で学んできた張爽はこう述べている。
「学校で、わたしは昔の音楽を演奏しているのだと思っていました。でも、今、わたしはついに自分自身を表現できるようになったんです」
それを続けるために張爽がしなければならないことは、琵琶をかき鳴らすこと――そして微笑み続けることだけなのだ。
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