金羊網2004-09-18 13:29:25 www.ycwb.com
一年間の幸運、厄介ごとは絶えない。「剽窃訴訟」は陳紅など芸能関係者を巻き込む
本紙記者・肖執纓、実習生:葉淑婷
日本・アメリカで人気急上昇、国内娯楽界でも人々を刮目させている女子十二楽坊は、最近、裏庭でまた「火事」に見舞われた。一年間幸運だった十二人の女子に厄介ごとは絶えない――先に中央音楽学院副教授・修士の講師である章紅艶は「女子十二楽坊は演奏会で演奏をごまかしており、中国音楽芸術の純粋さを激しく損なっている」と発言した。その後、著名な二胡演奏家の閔恵芬から「砲撃」を受けた。そしてまた、「他人のアイデアを盗んだという疑惑」が裁判沙汰になっている。
記者は先日女子十二楽坊の創立者・王暁京と代行の弁護士・崔先生を取材した。
先日、有名な二胡演奏家・閔恵芬は、成都のメディア取材を受けたとき、容赦なく女子十二楽坊を批判した。
「芸術というのはヘソを出すような美人が出てきて跳んだりはねたりするようなものじゃないんです」
閔恵芬は1977年に「江河水」を演奏し、日本の指揮者の大家である小澤征爾を感動のあまり泣かせた。彼女のもう一つの代表作は「二泉映月」だ。
もともとおとなしいこの人物が、いつもと違って、女子十二楽坊に対しては厳しい口調になる。彼女は言う。
「私は彼女たちの公演を見に行ったことがないし、見に行こうとも思わないわね。
一つには、立って二胡を演奏するのが新鮮だと言う人もいるけれど、これはただ冷や飯を温め直しただけ†1にすぎませんわね。盲人の阿炳はかつて生計のために街頭に立って二胡を弾き、ときには一日に数十里も弾いて歩いたことがありましたし。わたしたちはかつて、建国記念日の祝賀で大通りに出て行進しましたが、歩いて二胡を弾きましたわよ。二胡だけでなく、吹いたり弾いたり歌ったり、楽器っていうのはそういうものじゃありませんこと? 私が「翻身道情」を演奏するとき、自分で演奏して自分で歌いますわよ。高音部を歌って、低音部を弾くんですの。これは珍しいことなんかじゃありませんことよ。
二つには、美人が出演するとき、前で着飾って跳んだりはねたり、これは民楽の新機軸を打ち出すということに対して、浅い理解であって、こんな形式は根本的に評論に値しませんわね。十二楽坊は海外に市場がありますけど、彼女たちは高レベルの民楽代表じゃありません。専門家にはあざ笑われますわよ。
まあ、私は今日、別に彼女たちを評論したいと思ってないんです。これも彼女たちの宣伝代わりなんですわよ」
これに対して、女子十二楽坊の創建者・王暁京は反駁する。
「わたしたちの公演における服装は厳格なものです。ヘソを出すような公演をしたことはありませんし、公演時には跳んだりはねたりしていません。そういう人たちは、わたしたちの公演を見たことがまるでないんです」
何度も民楽家の批判を受けてきたことについて、王暁京はこう応える。
「わたしたちの公演は、専門家に見せるためではありません。一般民衆に見せる者であり、一般民衆を喜ばせるものなのです」
そして、誇らしげに語る。
「アメリカの中国人はみなわたしたちが中国人の誇りだと思ってくれています。日本では、あまりレコードを買わなくなっていた人たちがレコード店に行くようになりました。それも女子十二楽坊のレコードを買うために。『追捕』(日本タイトル:『君よ憤怒の河を渉れ』)で真由美を演じている中野良子さんも毎日女子十二楽坊を聴いているそうです……外野の何だかんだという話に対して、わたしたちは気に止める必要はありません。日々の活動にも大して影響はありません。自分たちの音楽をうまく作っていくことだけが必要なんです。
毛主席はこう言いませんでしたか?「成功することこそ正しいこと」と――」
さて、女子十二楽坊が他人のアイデアを盗んだという事案については、すでに9月13日、北京市朝陽区法院での公開審理となっている。王暁京は今日は出廷しなかった。
「この案件については私は自信があります。現在、一切の事務をすべて法律家に任せています」
原告・張鉄軍は今年7月27日、王暁京が不法にそのアイデアを剽窃し、著作権と商業上の機密を侵犯したと訴え、女子十二楽坊の創建者・王暁京に対して、謝罪と経済的損失43.27元の賠償を求めている。
王暁京は語る。
「かの“中華女子楽坊”は張鉄軍と私が話した大プロジェクトの一つであり、当時私は興味を持っていなかったから、その計画書は読んだことがありません。実際には女子楽坊の形式はすでに(前世紀)80年代末にはすでにあったものです。なぜそれが彼の創意にかかるものであると言うのでしょうか?」
さらにまたこの訴訟には、歌手・陳紅、章子怡(チャン・ツィイー)の兄である章子男などの芸能関係者も引っ張り出されてきた。
「どうして関係のない人の名前を引っ張ってくるのか、全然わからないです。わたしと彼らの間には何の対立もないのですから」
相手方の証人は自ら出廷せず、録音資料だけを提出してきた、と王暁京の代理弁護士は慎重に語る――弁護士は現在、これが歌手・陳紅らの声なのかどうか確定できずにいる。聞くところによると、訴訟は来週に結審するとのこと。
女子十二楽坊を巡る問題の真相について、王暁京は少し不満げに語った。
「どうしてみんな裁判にばかり興味を持って、公演に関心を持ってくれないんでしょう!?」
(編集=子琦)
Powered by
Movable Type 3.2-ja-2
コメントとトラックバック
[No.1] 投稿者:けんたろう[2004年09月22日 23:55]
音楽・芸術はこうあるべき!!
・・・なんてことはないと思います。
いろいろあるから素晴らしいのだと思う。
これと決められたものしかなかったら、それはなんだかすごくつまらない。
[No.2] 投稿者:ぱと[2004年09月23日 00:14]
>指揮者の大家である小澤征爾を感動のあまり泣かせた。
人が言ったことかもしれないが、
私は、楽坊の音楽に深く感動した。
日本中の多くの人を感動させた自国の楽団の活躍を誇りに思えないのでしょうか?
楽坊の演奏家としての決意とか、上を目指していることとかに、もっと着目してあげられないのでしょうか?
そういう意味では、「敵は裏庭にいる」のかもしれませんね。非常に「残念」です。
[No.3] 投稿者:ヤンリン[2004年09月23日 15:49]
あまり言い過ぎると、熱くなるので、ここでは落ち着いて
言わせてもらいます。日本の雅楽だって、スーツ姿で立って
演奏している人がいますし、現代の雅楽とか言って、
新曲を作って演奏しています。
別に誰も何も言いませんよ。
いいんじゃないですか、現代の音楽と融合しなきゃ、
世間に浸透していかないです。映画音楽や童謡を練習して、
舞台で演奏します。
楽坊の皆さんは、バックバンドなしで、13人フルメンバー
で演奏したら、素晴らしい演奏を披露すると確信して
いますし、琵琶の3人は、力強い演奏で盛り上げてくれます。
十二のきらびやかな宝石たちが奏でる楽曲は、
のびやかに世界へ広がっていきます。
ヤンは、楽坊を応援しています。いろいろ言う人がいても、
自分は、これからも、彼女達を応援していきます。
本当に素晴らしいです。 がんばってね。
[No.4] 投稿者:きんた。[2004年09月23日 19:49]
全てを読んで理解した上では無いのでお門違いなカキコかもしれませんがお許しを。
私は、このような方々を強烈に批判します。
自分のやっている事を正と思い、ちょっとでもズレた事をした人を見れば文句を言う。
「私たちは、へそを出すような公演をしたことが無い」・・・だから何?
新しい事をし、発展するのが文化では?
その人は先代と全く同じ事をしていたのでしょうか?
極端に言うと、4000年前と同じ事をしてるんでしょうか?
そんな事はあり得ないですよね?
自分が考えもしなかった事をやる人を認める。
新しい事に未来を見いだす。
そういう考えを持って頂きたいものです。
少なくとも楽坊は私達の心に入ってきました。
これは、オヘソが見えたからでは・・・無いよね?
[No.5] 投稿者:本宮[2004年09月24日 20:19]
>彼女たちは高レベルの民楽代表じゃありません。専門家にはあざ笑われますわよ。
って、はっはっはっ 全く専門家らしいご意見ですね。そのまんま「あなたは一般大衆から嫌われますよ」と云ってやりたいです。音楽は専門家のためのものとでも考えているのでしょうね。こういう考えの人達が古典・伝統音楽の息の根をじわりじわりと真綿で首を絞めるように将来を先細らせていくんですね。専門家は専門家らしく「自分達専門かは伝統音楽を守っていくけど、若い人達は伝統を守りつつ新しい中国音楽を創造して欲しい。中国音楽を世界に発信して欲しい」くらいの事を言えば誰もが納得するのに。きんたさんの云うとおり楽坊の音楽は心の中に深く深く入ってきました。専門家の人達は約10万人分のチケットを10分で売れるのか、あなた達では地方の公会堂の600人分を売るのに半年はかかるだろう。う~っ~
だんだん腹がたってきたので終わります。
[No.6] 投稿者:victrola[2004年09月25日 02:59]
私は、楽器を奏でることができません。
音を出すことはできても奏でることはできません。
感動を与えることのできる一部の人たちがおっしゃる言葉に関しては、感動を与えることのできる音を奏でる人たちにしか相対する意見を述べることができません、はずです。
その上で閔恵芬氏の言葉はここに掲示すべきものかを考えます。
氏の演奏と彼女たちの演奏の違いを感動ということばでわたしは甲乙つけられません。
氏を中傷するつもりで掲示したのであれば大変失礼なことだと思いますし、本人の言葉であれば硬化した考え方であるとおもいますが、できれば純粋に(著作権の問題もあるとは思いますが)どのような演奏をする方かを見極めた上で判断していただく問題ではないかと思います。
メロディとキャラクターのみを誉めては十二楽坊の贔屓の引き倒しになりかねません。
もし、彼女たちに個性を出すための逆説的なエールであればすばらしいことなのかもしれません。
ファンサイトにこんなことを書くのは愚かしいことなのでしょうけれど。
[No.7] 投稿者:胡桃月餅[2004年09月28日 21:23]
中国といえば中華思想的に周りの国々、地域から朝貢にくるおかげで、デンと真ん中に構えているイメージがありました。 いわゆる保守派ですね。それに対して十二楽坊は全く逆で、とにかく外に外に向かって未知なものを、その旺盛な好奇心と食欲(?)と自分を信じる力で強行突破をはかる、まるで大気圏を突破するロケットのような推進力を感じました。これは若さと可能性ですね。 先日ビデオで、子供とディズニィー映画“ムーラン”をみながら、なにやら十二楽坊とオーバーラップする場面がありました。 映画の最後に“逆境に咲く花は強く美しい”という皇帝の言葉をそのまま楽坊さん達に捧げます。絶対に負けるな!
[No.8] 投稿者:のっさん[2004年10月12日 12:20]
ったく、新しい風を拒む、中国共産党のコピー見たいな回答ですな。彼女たちは、音楽学校で学んで、楽団に入っているある意味超エリートですよね。王社長も無視を決め込んだほうが良いかもしれませんね。気にしないことです。気にするともっと騒ぐから。
[No.9] 投稿者:[2004年10月13日 17:37]
大衆に受け入れられればいいってモンじゃない。要は真に深い感動をどれだけ与えられるかだ。
美貌は枯れる、しかし感動はは枯れない。メディアによって作られた偽物の実力か、神の領域に入る物なのか…それが真の芸術を追究する立場の専門家は言いたいのだろう。
トラックバック(参照元逆リンク)用URL
http://www.twelve-girls-band.info/mt/mt-tb.cgi/405
この記事へトラックバックする場合は、このトラックバック用URLを、あなたのウェブログ等の投稿ページの「トラックバック先のURL」欄に入れて更新してください。参照:3分でわかるトラックバック
コメント(ご意見・ご感想)を投稿する