女子十二楽坊はアイデアを盗んだ、という裁判について、女子十二楽坊のプロデューサー王暁京氏が勝訴しました。その具体的な内容について、11/25の「法治時空」という法律番組で放送されました。その内容がネットに載っていますので、日本語訳して掲載します。
司会者:みなさんの法律知識が豊富になるにつれて、聞いたことがあってもわかったようなわからないような法律用語がよくメディアに登場するようになりました。たとえば「侵権」などです。現在最も流行している演奏グループ女子十二楽坊が、この侵権訴訟に巻き込まれています。この事件はすでにもうずいぶん取りざたされてきました。双方の論点のポイントは、この演奏グループについて最初にアイデア構想を立てて普及方法を計画したのは、果たして原告か被告どちらなのかということです。今日の法治時空では、女子十二楽坊の「侵権」事件の経緯について詳細に扱います。
ナレーション:女子十二楽坊は2001年に創設して今に至る。収めた成功は誰の目にも明らかだ。さらに素晴らしいのは、このような民楽演奏グループが垣根の内側で開いて垣根の外に香りを届けるという成功の第一歩を収めたということだ――つまり、流行の外衣をまとって中国民楽を世界に広めたのである。女子十二楽坊の成功によって星碟公司は利益を得た。このグループのアイデアを生み出した王暁京は誇ってやまない。
北京世紀星碟公司総支配人・王暁京:日本における十二楽坊のレコードの販売数と知名度は安定しています。日本ではスーパースターの楽団の一つに数えられ、日本ではだれでもよく知っています。アメリカでは宣伝後の反響は非常によく、アメリカレコード協会のランキングでは連続11週トップを得、現在も第2位、第3位とトップ3にとどまっています。6~7月ごろにアメリカに行き、グラミー賞候補にノミネートされました。それは新人部門とワールドミュージック部門です。
ナレーション:しかし、女子十二楽坊が前途洋々の中には不協和音が現われ始めた。今年7月、北京金水橋文化芸術公司の張鉄軍が「侵権」で王暁京を法廷に訴えたのである。張鉄軍は、王暁京のいわゆる女子十二楽坊のアイデアが、実際には自分の中華女子楽坊のアイデアを剽窃したものだと考えている。王暁京は女子十二楽坊の一連の企画と宣伝はすべて自分のレポートにおいて完成していたものであるという。張鉄軍は、王暁京の女子十二楽坊の企画書はすべて、彼の権益を侵犯していると考えている。最も通俗的な言い方をすれば、すなわち、王暁京は張鉄軍のアイデアを無断で使ったというわけである。
北京金水橋文化芸術公司総支配人・張鉄軍:2004年3月、第27期中演月訊の紙面で、彼はどのように命名調査をしたかについてコメントを発表しています。私はこれを見て特に腹が立ちました。これは王暁京のものではなく、私、張鉄軍がお前にやったものだろう、と。
ナレーション:当然ながら、一方の当事者である王暁京にも自分の考えがある。
北京世紀星碟公司総支配人・王暁京:わたしは2001年に十二楽坊を創設したのに、どうして2004年になってからこれを裁判所に訴えるのでしょうか。言いたいことがあるなら、なぜ実際に造らなかったんですか。おかしいと思いますね。自分を売り込もうとしているだけなんです。
ナレーション:そこで、北京市朝陽区裁判所は今年この事件を公開審理した。第1回開廷では法院は判決を出さず、この件を二つに分け、「女子十二楽坊」侵権と、企画書侵権についてそれぞれ審理することとなった。
司会者:裁判所では、この事件の中の企画書侵権についての審理を進めることを最終的に決定しました。法廷では最終的な解決の途上ですが、わたしたちが最も関心を持っているのは、女子十二楽坊は結局誰が作ったものなのか、ということです。原告・張鉄軍は、王暁京が自分のアイデアを使ったのだと証明することができるのでしょうか? 現在、大ヒット中の女子十二楽坊と張鉄軍のアイデアによる中華女子楽坊は、結局関係があるのでしょうか、ないのでしょうか?
ナレーション:原告の張鉄軍はこのように語る。彼の中華女子楽坊のアイデアはすでに1999年に形づくられていた。当時、金水橋文化芸術公司は一つの公演を準備しており、そこで星碟公司総支配人の王暁京を知ったのである。接触する中で、王暁京は張鉄軍のこの中華女子楽坊というアイデアに対して大いに興味を持った。
北京金水橋文化芸術公司総支配人・張鉄軍:99年4月、中華女子楽坊は卓上にありました。彼らはこれを見て、この項目は悪くないと言い、わたしは「いいですよ。これをやるというんであれば、我々は共同して出資者を探して合同会社を作り、この仕事を完成させましょう」と言ったんです。
ナレーション:しかし王暁京は自分の女子十二楽坊というアイデアについて、まったく違う説明をしている。彼によれば、女子十二楽坊と張鉄軍の中華女子楽坊はアイデアについて何の関係もないというのである。
北京世紀星碟公司総支配人・王暁京:わたしたちはまるで違うものを作ったんです。わたしの動機として最も重要なのは99年と2000年で、北京では新民楽運動が始まっていました。そんな当時、福建南台に一つの番組があって、週に30分の「新民楽」という番組でした。そのとき、この番組に注目し、毎回見ていたのです。わたしが十二楽坊を思いついたのはその番組であって、自分のやりたいことを促されたのでした。彼らが成功しなかった理由はどこにあるのか? 私が回避すべきものはどこにあるのか。この番組から、この番組のようなものを作ろうとわたしは決めたのです。
司会者:張鉄軍は、王暁京の言っているのはそれ以前に準備があったからで、アイデアを最初に生み出した問題については、見解が異なっています。張鉄軍はまた、王暁京が企画の具体的な内容を作るときに、彼のアイデアをもとにして加工したのだという主張を出しました。その中で真っ先に出されたのは、団体の名称です。
ナレーション:王暁京と張鉄軍双方が、アイデアの出所について互いに自分の言い分を主張している。しかし、二人のアイデアの名称は確かに非常に似ている。一方は女子十二楽坊と称し、もう一方は中華女子楽坊という。「楽坊」という単語は双方の論点のキーワードとなっている。張鉄軍によれば「楽坊」という言葉はまさに王暁京が自分のアイデアを盗んだ証拠だという。
北京世紀星碟公司総支配人・王暁京:楽坊という言葉は、星碟雑誌でメディアと友達に対してどうして楽坊と呼ぶかについての解説があるんですが、音楽史についての資料でわたしたちは楽坊の来歴を知りました。つまり、隋・唐前期に始まった教坊というのがありまして、これは音楽を教える場所で、十二坊ありました。その後、宮廷内で演奏する女性演奏家を楽坊と言うようになったのです。わたしたちは音楽史をいくつか調べて、このことがわかったんです。ですから、楽坊という言葉はわたしたちの祖先から伝えられたものであると認識しているわけです。台湾・アメリカ・日本では、80年代末に似たような楽団がありましたし、たとえば「採風楽坊」「神秘楽坊」というのがあります。とっくにあったんです。ですから、張鉄軍がこれを作ったなんていうのはおかしいと思いますね。他山の石で言うならば、わたしは楽坊というのは自分の独創だなんて言うほど図々しくはなれません。
北京金水橋文化芸術公司総支配人・張鉄軍:記者のみなさんは辞書を調べていただければよろしいです。どの辞書にもこんな言葉は載っていません。1998年、わたしが女子十二楽坊の草稿を作っていたとき、楽坊という二文字は、孫楽兵・張鉄軍・楚智成・銭永生という我々が議論を進めて、楽坊という二文字を定めて、この女子音楽制作工場を造ったのです。
司会者:“楽坊”という語がどこから来たのかについては、おそらく音楽方面の学者や専門家が初めて言えることでしょう。原告・被告二人のアイデアではもう一つの共通の特徴があります。それは、演奏グループ全員が女性ということです。この点について、両者はどのように考えているでしょうか?
ナレーション:“楽坊”という要素を除けば、両人のアイデア中、グループメンバーが全員女性となっている。しかも女性だけという特徴は、演奏グループの名称の上においてアイデアの核心として現れている。女子十二楽坊の公演は、流行の雰囲気を表現しており、全員が女性演奏者というのは確実に聡明な発想である。これについて張鉄軍の中華女子楽坊と一致しているのだろうか?我々は彼のオフィスで中華女子楽坊の最初の風格設計図を見た。
北京金水橋文化芸術公司総支配人・張鉄軍:「中華之韻」、これは中華五千年の古い文化と現代女性の芸術的魅力を表現したものです。この女性は、現代の女性であり、大殿上に座っています。この大殿は表門が開放されており、世界に向かって我が現代の女性を示しているわけです。服装・服飾を見てください。これは中国女性の賢明さ・貞淑さの美しさを体現したものです。この設計思想はこういうものなのです。
ナレーション:しかし、張鉄軍のこのような言い方では、決して王暁京には受け入れられない。王暁京によれば、張鉄軍が全員女性奏者にしたという動機はもともと中国女性の賢淑の美を表現しようとしたのではなく、別に動機があって、そのために張鉄軍のアイデア発想を徹底的に排除しようと考えたのだという。
北京世紀星碟公司総支配人・王暁京:彼の企画書には音楽のことはまったく言及されていませんでした。彼が何を言ったかと言えば、「この楽団を成立させた目的は宣伝だ」ということだけです。どうして宣伝が必要なのでしょうか? 宣伝はお金集めのためです。お金を集めてテレビドラマとかドキュメンタリーとかいったようなプロジェクトを完成させようとしたのです。徹頭徹尾、音楽はありません。しかも、その計画書において、根本的に彼のものはないのです。若い女の子にしたというのは、若い女の子は宣伝になるからなのです。書いてあるところに明らかですが、商業公演をせず、レコードを作らないので、わたしたちのとはまるで違います。これは伝統民楽公演でしかないのです。企業誘致、資金導入すれば、彼は別の企画を実現しようとしていたのです。
司会者:女子十二楽坊の成功は、それ以前によくできた企画書がなければ無理でした。この企画書は、発想者のアイデアを具体的に実現するための方法です。事件の内容を整理する手始めに、この企画書は最初に誰の手によって作られたかを明らかにしなければなりません。
ナレーション:以上3点のアイデア要素についての論争を除けば、この件の焦点となる問題は、企画書ということになる。張鉄軍は企画書を王暁京の手に渡したのか、王暁京の企画書は張鉄軍のアイデアに基づいて作られたのか、それとも新たにやり直されたものなのだろうか。
北京金水橋文化芸術公司総支配人・張鉄軍:彼と非常に深く話しましたが、彼も非常に興味を持っていました。このようにして北京中華女子楽坊文化発展公司の企画書を書き、このレポートと企画書をもって企業誘致・資金導入して共同でこの企画を完成させようとしたのです。これは99年6月25日、保利ビル611号室に送りました。
ナレーション:張鉄軍のこの発言について、王暁京は非常に直接的に、違うと述べた。
北京世紀星碟公司総支配人・王暁京:完全なでたらめです。わたしは彼のものを受け取ってません。わたしは彼に、その企画書は面白くないと言いましたし、彼にそんなものを突き返したのです。彼がこんな風に言うのはおかしいと思いますね。どんな企画書が出てきたかといえば、当時、2ページの紙で1つの企画で、根本的にちゃんとしたレポートにはなってなかったんです。
司会者:同様に一つの問題があります。原告と被告の両方がいつも違う回答をするということです。原告側は最初に被告と契約を結んでいなかったことを後悔していますが、被告は原告の中華女子楽坊に根本的に興味を持てず、だから剽窃したりはしていないというのです。原告は被告が提出した企画書の中に一つの小さな誤りがあることを指摘し、この間違いは小さいが自分にとって有利な証拠だとしています。
北京金水橋文化芸術公司総支配人・張鉄軍:わたしたちの企画書の文面中にある文字ですが、感官、感観、わたしたちは当て字を書いたのですが、彼らもこの当て字を書いているのです。
ナレーション:この一つの当て字で、被告が原告の企画書を剽窃したという証拠となるのだろうか。被告の弁護士は明らかに不可能だと述べている。
被告弁護士・鄭光遠:感官が具体的に何官であろうと、要するに一つの誤字です。この一文字で剽窃だというのは、牽強付会だと思いますね。
ナレーション:一つの書き間違いの当て字以外に、原告張鉄軍はほかにも提出している。被告女子十二楽坊企画書と自分の中華女子楽坊企画書には多くの一致点があるというのである。例えば、名称が似ている。すべて民楽を演奏する。すべて女子グループである、等々である。被告弁護士はこの発言に異議を示した。
被告弁護士・鄭光遠:わたしたちのものと比べると、二つの資料には一致する点はまったくありません。楽器について、この点についての一致は引き写しや盗作ではありません。民族音楽に尽力した人なら、西洋音楽との組み合わせは誰でも願っていることであって、これを剽窃だというのは牽強付会にすぎません。
ナレーション:しかし、原告弁護士からすると、これは被告が自己の剽窃行為の口実にすぎないと述べている。
原告弁護士・蕺羽:文書を作った彼の独創性として、個人の知的成果が確実にこの文字作品であると思います。わたしたちがこの件で述べた文書のプランは商業計画書であり、すなわち投資者を探すためのものです。この文書によって実現することは可能です。剽窃は、主要なものが完全に一致することはありませんし、一致し得る部分があれば侵権が成立します。十二人の女性の場所から、公演計画から、彼の海外市場でのレコード発売から、完全にすべて同じであります。当然、楽器の配置については、王暁京は少し変えていますが、この程度の変化では彼自身の創作ということを説明するには不充分で、実施上の変更にすぎません。
ナレーション:原告・被告双方は企画書を剽窃したかどうかについての議論を譲らないが、客観的な事実はこうである――女子十二楽坊は王暁京の運営のもと、すでに相当の成果を収めており、企画書中のアイデアと発想はすでに王暁京が行動に移したものだということだ。王暁京の手の中には、一つの企画書があるだけでなく、実際に存在する女子十二楽坊があるのだ。そこで被告弁護士は述べる。実行に移した企画書こそが、成功した企画書といえる、と。
被告弁護士・鄭光遠:企画としては、一定の実現可能性がなければなりません。実現可能性がないということであれば、この企画自体が失敗しているのですし、それを企画と呼ぶことすらできません。常識によって判断すれば、彼は実施できないのです。彼の会社の構成形式と株主権利構造から会社名に至るまで、すべて現在の法律では許可を受けることができないものです。ですから、彼の企画書は実施不可能だというのです。実施できない企画書は、他の人もその企画書を実施することはできません。
司会者:女子十二楽坊は飛ぶ鳥も落とすようなグループとなりました。そのため、張鉄軍が起こした「侵権」訴訟は、多くの人が売名行為だと考えています。特に、彼の提出した訴訟請求が、起訴動機についての疑惑を生み出しました。
ナレーション:双方の熾烈な論争の内容とは別に、原告が提出した訴訟請求もこの件では注目を浴びている。原告・張鉄軍が王暁京に対して要求した経済的賠償金額は、意外にも43元2角7分であった。この数字はどこから来たのだろうか? 張鉄軍によれば、彼は2004年の3月第27期の中演月訊で、王暁京インタビュー記事を読んだ。そこで王暁京が自分の権益を侵害したと知ったので、この特別な数字をもって賠償金額としたのには特別な意味があるという。しかし、このような訴訟訴訟は「売名行為じゃないのか」という批判も生むこととなった。
北京金水橋文化芸術公司総支配人・張鉄軍:もし売名行為であればもっと宣伝したことでしょう。この件を通じてわたしたちが皆さんに訴えたいのは、わたしたちの経験を教訓として汲み取り、事件終結後にはこのような訴訟が起こらないようにしてほしいということです。わたしたちには、この前に一つの約束がありました。43元2角7分については、王暁京に一つの事件として意識してもらい、自分の言ったことについて責任を持って欲しいと言いたいのです。売名行為ではりません。みなさんが法律知識を持つようになり、我々の法律制度を向上させたいのです。みなさんが法律を遵守し、ともに進歩していきたいのです。
ナレーション:あれこれの性質を持つ訴訟請求が法律の支持を得られるのだろうか。被告弁護士は否定し、さらにこの43元2角7分の数値は純粋に原告の売名行為であるとしている。
被告弁護士・鄭光遠:43.27という金額ですが、この金額は実際には法律にも事実にも根拠を持たないものです。法律については、象徴的な数字で訴訟請求することができないのは言うまでもありません。事実の根拠と法律の根拠が必要なのです。考えてみますと、言葉は深刻ですが、でたらめです。この金額を根拠とし、事件に関係ない人の録音を持ち出していることを総合して考えますと、原告の訴訟行為は売名行為だと思われます。司法活動を尊重していませんね。
司会者:この番組が完成間近のとき、朝陽裁判所から情報を得ました。「女子十二楽坊」企画書侵権訴訟はすでに結論が出た――最終的に、被告王暁京は勝訴し、法院は原告・張鉄軍の43元2角7分の訴訟請求を却下した、と。しかし、結果が出たとしても集結したわけではありません。この訴訟は比較的影響の大きい企画侵権事案として、さらに深遠な影響を生んでいるのです。
原告弁護士・蕺羽:アイデアと実子は一つの土台にあるもので、成功の要素は非常に大きな要因を占めています……どのように組み合わせ、どのような人を使って応用するか、このアイデアは成功するだろうということは、企画者が生み出したものです。それを彼に実施させ、自分の権益を保護するのは、少なくとも書面での協議が必要です。協議書がこのようなものであれば、現在の問題もこんなに大きな争議にはならなかったでしょう。
ナレーション:ある人が企画案訴訟を起こすのは、我々の法律意識が増強されつつあるということでもある。当然、法律意識が増強されると同時に、さらに保護措置をなすことによって、不必要ないざこざはなくなる。否定できないことだが、我が国の法律はこの分野では空白がある。
原告弁護士・蕺羽:改変権、編集権はありますが、実施については立法はありません。だからこの事案の中で、こういう訴訟事件はあまりにも少なく、企画書の紛糾はあまりいも少ないのです。法律上には明確な規定はありませんので、社会人にもこの意識がないわけです。侵権という現象は、比較的多くあります。ないわけではありません。裁判所に持ち込まれるのが少ないというだけのことです。
ナレーション:この訴訟事件の公正な審理は、我が国の法律の空白を埋める者であり、同時に国家立法を推進するものでもある。それでは、この事案の結果が、原告・被告双方にどのような影響をもたらすだろうか。うれしいことに、原告は言うまでもなく被告もやはり依然として中国民楽の推進・拡大に大いに自信を持っている。
ナレーション:この事件の審理と並行して、原告・張鉄軍は「十八雄風鼓楽」という名前の演奏グループを企画していた。陝西北部の威風鑼鼓を商業化した運営方式で市場に出そうとしている。星碟公司総支配人・王暁京は、女子十二楽坊の成功の経験から、十二楽坊のコンセプトで新しい演奏グループを作ることを決定した。十代の女の子から構成された少女十二楽坊、そして少数民族楽器グループである半打玫瑰(半ダースのバラ)だ。やはり流行路線を進み、やはり美女ブランドとして打ち出す。
北京世紀星碟公司総支配人・王暁京:わたしたちはまた新しいブランド「半打玫瑰」を打ち出します。六人はすでに選考を終了しており、すぐにデビューすることになるでしょう。
司会者:女子十二楽坊の成功は、時代の流行という要素を含んでいることによるものでありましたし、また最初に海外市場の宣伝戦略を狙ったためでもありました。この二つの成功ポイントは確実に星碟公司総支配人・王暁京が一歩一歩心を込めて計画して実行したことであります。原告・張鉄軍のアイデアは確かに女子十二楽坊と似た要素があるかもしれませんが、最終的にこのアイデアを実行に移して成功を収めた人物は王暁京であり、王暁京が勝訴したのもそこに理由があると思われます。
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