日期:2005-01-26 作者:邢暁芳 来源:文匯報
「民間は電子化、ロック化できないことはないが、低俗化してはいけない」
昨日、上海音楽学院の催した第2回長三角アマチュア民楽楽隊出演情報発表会で、有名な二胡演奏家・閔恵芬が今の民楽公演の流行化・多様化した形式について指摘した。
「民楽がどれほど革新したとしても、中華民俗の音楽の風格やおもむきを捨ててはいけない!」
一つのマレーシア楽隊を含めて、華東6省1市からの40余りのアマチュア民楽隊が明日から、賀緑汀音楽庁で三日間の大規模な興隆公演を挙行する。閔恵芬が記者に述べたところによると、ここ二年間、民楽界では多くの人が「民楽は没落した、寂しくなった」と嘆いているが、しかし、
「わたしは民楽はずっと活発で生気に満ちていると思っているのよ。全国各地に出現した大量のアマチュア民楽隊がその最もよい証明ね。民楽隊の数の多さ、レベルがあか抜けしていることは、嬉しいこと」
という。
同時に、閔恵芬は女子十二楽坊をはじめとする「流行化」「軽音楽化」という民楽革新の方法について、
「民楽演奏の形式が多様化するのは問題ではありませんし、若い人たちにも受け入れられているわね。実際、二胡を座って弾こうが、歩いて弾こうが、はたまた寝て弾こうが、みんな関係ない。でも、民楽がどれほど代わったとしても、民楽の風格、音楽の中の民族感情は捨ててはいけないの。さもないと、民族的な要素は装飾品になりはてて、果ては低俗なものに誤って踏み入れることになってしまうわ」
と述べた。
来源[労動報]日期[2005-01-27]
「刀郎だか何だか、何でもかまわないけれど、民歌を新解釈で歌うことには反対しないわ。でも民族音楽の精華は守らなくちゃ……彼が歌っているのを見てどんなふうに見えます? 街頭でだらしなく「ちょっとぶらぶら過ごす」のに似ていて、ひまに合わせてレジャーを楽しむ感じを与えるわね。すばらしい民楽を侮辱してるわ……」
一昨日午後、中国音協副主席で著名な二胡演奏家の閔恵芬は本紙記者の取材を受けて、現在流行している音楽に民楽というラベルを貼ることに疑いを示した。
閔恵芬は言う。かつて西寧に行って「花儿」(流行バンド)が非常に多くの民衆とともに三日三夜連続で歌うのを聞いた。彼らの即興の歌詞を歌う姿は生き生きとしていて特別で、どの人が歌うのも風格があって、激情があった。
「あのような真情実感が民楽の精華であって、刀郎だの何だのは民楽の精華を歌ってないのよ」
閔恵芬は50年間芸術に従事し、香港音協首席・朱道忠は彼女を「横目で見ない人だ」とほめている。彼女によれば、自分の「横目で見ない」というのは、死ぬまでずっと代わらないだろうという。
「数千里離れたところで花儿の演奏を見、海南島に行って瓊劇を学んだけれど、それで各地の民楽の優れたところを吸収するためではなかったかしら?」
閔恵芬は言う。自分は「改変」の利益をよく知っており、民楽のどのような形式上の改変にも反対しないが、
「零点楽隊が架子鼓(ドラム)を使い、刀郎が電子音を使って民歌を歌うのもかまわいんだけど、中華民族文化の風格を捨ててもいいものかしら?」
閔恵芬は言う。刀郎のあの『敖包相会』をあんなに空っぽの蒼白に歌われては、完全に美しい境地を書いてしまっている。
「あの声は本当にいやなもので、耳を塞ぎたくなるわ」
彼女はまた特に『南泥湾』の例を挙げた。
「あれは解放区大生産の時期の民歌であって、情緒は非常に健康的なもので、これまでに歌われたのはすごくよかったわ。でも、今、彼らが歌うのを聞くと、気力が失われていくのよ」
女子十二楽坊の表現について、閔恵芬は再び、見るに値しないといった表情を示す。
「立って二胡を弾くのが改変かしら? いいえ、それでは1種の後退なのよ」
彼女は言う。盲人の阿炳は歩いて二胡を弾いたが、これは当時の商売では「踏街唱」と言った。
「座って弾く、立って弾く、寝て弾く、これらは外面的な表現形式であって、どんな風に弾くのも可能だけど、問題は本末転倒できないわ。二胡演奏の本質を見失ってる」
どのように二胡の「母国語文化」を体現するのか? 閔恵芬は問い返す。女子十二楽坊の公演を見て、一体何を聞いてるんですか?
「二胡なんてないわ。ただ顔が12個あるだけよ」と閔恵芬は言う。
青年報1月27日
上海と華東地域で民楽普及を推進するために、上海音楽学院は本日から29日まで賀緑汀音楽庁で4回の交流公演を行ない、40組の演奏団体が今回の「長三角アマチュア民族楽隊公演」に出演する。内容は斉奏、重奏、合奏、江南糸竹、広東音楽、潮州音楽などである。
民楽の不断の発展と国内外への広がりを見て、民楽界を代表する人物の一人で有名な二胡演奏家の閔恵芬は感慨深い。彼女も今回の民楽の催しに参加するだけでなく、この上なく愛情を注ぐ二胡事業について、彼女は「横目で見る」ことなく、常に「中華民族音楽の風格を備えた」民楽作品を演奏することを堅持してきた。
自分の演奏の歴史について閔恵芬は笑って言う。
「だれもわたしの長くみっともないものを気にしないわよ。年を取ったけれど、わたしが二胡事業に対して堅持しつつ、演奏上はいつも突破してきたの」
今に至る50年間の舞台生活の中で、閔恵芬はずっと「横目で見ない」ことを守ってきたという。
「これは香港音協首席で有名な評論家の朱先生がくださった言葉で、何が流行しているかにかかわらず、わたしは永遠に芸術の中から民俗芸術の精華を吸収するのよ」
50年のあいだに舞台上には新たな様相が現われたことについて、閔恵芬は「口にするのは容易ではない」という感慨を示す。民楽界で知らぬ人のない大家になるために、多くの困難を克服してきた、と閔恵芬は自ら明言する。
「当時、民楽無用論が大勢を占める環境の中で、わたしは練習し続け、みじんも揺らぐことはなかったのよ」
すでに60歳近いが、閔恵芬にとって毎回の公演が新鮮で、「芸術はいやにならない。あの音調はすべて民間の伝統から来たものなの」という。
閔恵芬が現在最も望んでいるのは、民楽界がさらに新しい作品を世に問うことであり、「もとの生態の民歌」を創作するという作り方を提言している。
「舞踏界で楊麗萍がもとの生態どおりに創作して『雲南映像』を踊っているように、わたしはさらに多くの作曲家がもとの生態の民歌を創作しようとすることを望んでいるの」
記者が閔恵芬の前で女子十二楽坊のことに触れたとき、彼女は明らかにうんざりした口調で言った。
「どうしてあなた方は女子十二楽坊に関心を持つのかしら。彼女たちの影響は大きいわ」
閔恵芬は言う。彼女たちが立って弾こうが寝て弾こうがかまわないけれど、これは形式にすぎない。重要なのは時代感覚を加えると同時に、深く積み重なった民族音楽を抽出することだ、と。
「音楽が普通の庶民の家に入る」ことを望んで最も早くから推進してきた一人として、閔恵芬は各種の民楽団体が出てくることを喜んでいる。
「でも、重要なのは、新解釈を加える中で、優秀な民族音楽は必ず中華民族音楽の風格を持っており、観衆にきめ細かいものを提供するべきだということ。それを捨ててしまったら、正統じゃなくなるわ」
来源[労動報]日期[2005-02-02] 記者:蘭迪(ランディ)
「彼女は十二楽坊の公演を見ていないことを認めています。彼女がわたしたちの『敦煌』を見れば、彼女が座ったまま弾いてあの雰囲気を出せないことはわかるはずです……」
日本から帰国したばかりの有名な文化プロデューサーで「女子十二楽坊の父」王暁京は、昨日北京で本紙記者の電話取材に答え、著名な二胡演奏家・閔恵芬が民楽商業化問題について疑義を示したこと(本紙1月27日の『閔恵芬が刀郎、女子十二楽坊に猛烈に「発砲」』記事参照)に対して、反対質疑を示した。
王暁京は日本で創設された古典楽器スクールの開校に出席して、北京に帰ってきたところだった。電話で記者が名乗るや否や、彼はこう言った。
「ネットに転載された貴誌の報道を見たところですよ」
そして少々強い言葉で語った。
「あのばあさんはどういうことなんですか? いつも勝手気ままにしゃべっています。わたしたちのを見たことがないと以前に言っていました。見たことがなくて何を根拠に批評・指図するんでしょうか? 誰があの人の弾くのを好きこのんで聞くのか、とっくに流行遅れですよ、と反対に言いたいですよ……」
ただ、王暁京は、小さいころから閔恵芬の二胡独奏を聞くのが好きだったことを認め、彼女の民楽は成長の過程全体に影響を与えてきたとも述べた。しかし、「今はあの名前を見ると頭が痛いですよ……」という。
王暁京について紹介すれば、若者に民楽を普及させ、国外にも普及させ、日本では学校を創設し、第一期は60名の生徒を集め、数千人が資料請求している。
「彼女も民楽を普及させたのではないのですか? どうして彼女があんな風に弾くのはよくて、他の人がこんな風に弾くのは許さないのでしょうか?」
女子十二楽坊について閔恵芬が「歩いて弾く」と疑義を示したことに対して、王暁京は少々激しい口調になる。
「彼女は盲人・阿炳を持ち出すべきではありません。あの方は当時物乞いをしていたのです。立って弾かずにどうするのでしょう? 彼女はわたしたちがどのように弾いているかも知らずに何度も「受け入れられない」と語っています。彼女は先月九日に北展劇院で開いた公演を見に来るべきでした。あれほど多くの専門家、教授、演奏家がそろって来たのですが、みんな彼女ほどレベルが高くないのでしょうか!?」
王暁京は言う。女子十二楽坊はすべて音楽学院を卒業しており、小さいときから演奏を学び、指導教官は「大師級」の教授である。
「わたしたちの公演スケジュールは詰まっています。2月6日には香港で許冠傑の公演のゲストとなり、2月23日にはマレーシア公演に行き、それから日本ツアーに行きます……こんなにたくさんの人が十二楽坊を好きになってくれています。ばあさんは、人々が好きになるものには理由があるということを理解すべきなんです……」
取材が終わりに近づいたとき、王暁京は記者に何度も依頼した。
「ばあさんに会ったなら、このメッセージを伝えてほしいんです。どうか心を緩めてください。彼女の音楽を聴く人がいます。わたしたちの音楽も聴く人がいます。けんかはやめましょう……と」
金羊網2005-02-04 14:50:50
本報記者:肖執纓 実習生:廖淑芳
女子十二楽坊は日本での出演と第三アルバム『敦煌』発売の宣伝活動を終えて、東洋人の賛美を満載して帰国し、2月に香港紅館で10回以上連続公演される許冠傑コンサートのリハーサルをしているが、そのさなか、「年老いた仇」である著名な二胡演奏家・閔恵芬が三度目に矛先を向けてきた。今回、閔恵芬の「点評」のテーマは「二胡なんかないわ、ただ顔が12個あるだけ」というものだ。
去年9月、閔恵芬は女子十二楽坊に激しい批判をした。「芸術はヘソを見せた美女が登場して跳んだりはねたりする包装でできるものではない」と(※「女子十二楽坊NEWS - 女子十二楽坊の受難」を参照)。
それから一カ月後、「2004年河北省敦煌・秦川杯民楽コンクール」で、閔恵芬は再度女子十二楽坊に「文句をつけ」た。中国民楽で最も根本的なものは風格・おもむきであるが、女子十二楽坊は風格を捨て去っており「彼女たちのものが後世に名声を残すことは絶対にない」とのことであった。
今回、閔恵芬はまたもや不満げな表情を示した。立って二胡を弾くのが改変かしら?
いいえ、それでは1種の後退なのよ」と。また、盲人の阿炳は歩いては二胡を弾いていたが、これは当時の商売では「踏街唱」と言う、とも述べる。閔恵芬は取材者に問い返した。「女子十二楽坊の公演を見て、一体何を聞いてるんですか?――二胡なんてないわ。ただ顔が12個あるだけよ」
閔恵芬が何度も何度も重ねて女子十二楽坊を「槍玉に挙げる」ことについて、女子十二楽坊のプロデューサー王暁京は怒りを抑えられないという表情を示した。王暁京は言う。
「このばあさんはまたデタラメを言っています! わたしたちの女子十二楽坊の演奏を聴いたあと、多くの若い人たちが中国民族音楽を好きになり、勉強し始めています。これはよい現象です。それなのにわたしたちにどんな罪があるというんでしょうか?」
「わたしたちと盲人の阿炳を比較するのは非常に恐れ多いことです。阿炳は生活に迫られていたのですから、彼女はこんな比較をすべきではありません」
閔恵芬個人に対してどのように見ているかと尋ねられて、王暁京は言う。
「小さいころには彼女のを聴くのは好きでしたが……今はわたしたちが弾けるものを彼女は弾けませんし、演奏することもできません。彼女のレベルは高くなくなっています。あの人は狭量で、高慢過激で、度量が狭く、いつも自分が一番よくて他の人はダメだと思っているようです」
閔恵芬からの続けざまの「挑発」に対して、王暁京は逆に、閔恵芬が自分を売り込んでいるのだと感じている。
「以前、多くの人が彼女を知っていたでしょうか? 今、逆に彼女は知られるようになりました。実はこれは一種の宣伝方法であるということをわたしたちはよく理解しました。メディアにも責任があります。彼女が気に入らないということをメディアはいつも聞きに行きます。だから彼女は批判的な話を口にすることになるわけです」
楽坊メンバーの周健楠はこのことについて驚いているという。
「閔恵芬が一番なさなければならないことは、自分の場所でやることをすることです。民族音楽を発揚し、市場を占めにいくことです。わたしたちを批判するために時間を費やすことではありません。わたしたちが人気があるからといってわたしたちを叩いたとしても、それによって彼女が自分を高めることにはならないんです」
別のメンバーである楊松梅はこう述べる。
「一世代上の大家は民族音楽に数十年たずさわってきて、考え方もすでに固定化されています。わたしたちを受け入れることができないのは不思議なことではありません。彼女は彼女の道を歩み、わたしたちはわたしたちの道を歩むのです」
金羊網2005-02-07 11:24:00
本報記者:肖執纓 実習生:廖淑芳
二胡大家・閔恵芬が女子十二楽坊に三度目の「発砲」をした後(本紙4日版参照)、まだ足りなかったようで、2月3日午後、上海の数十人の人を徐匯区影劇院活動センターに集め、民族音楽の形式と内容をいかに処理するかという問題について座談会を開いた。
上海民族楽器の1工場の技術工場長・沈正国は、女子十二楽坊の電子音があまりにも強いことを指摘し、「音楽の演奏にも程度がある。音楽そのものが埋もれてはいけない」と言った。
黄浦区少年宮青少年活動センター民楽団を指導する董為煉はこう述べた。「民族音楽の魅力は音楽にあり、楽器をいじるのがだれかということは関係ない」
上海音楽学院の笙・芦笙の演奏家の徐超銘はこう言う。「女子十二楽坊がどのように弾こうとも、要するに民族音楽の主流の方向ではない」
記者がここで再び王暁京に電話をしたとき、彼は笑い始めた。「こういうことはわたしも聴いたことがあります。彼らは本当にすることがなくて、ヒマをつぶしているんだと思いますよ。わたしたちはまだ忙しくて手が回りません。自分の音楽を作るので忙しいんです。こんなシンポジウムをやっているような時間がどこにあるでしょうか? 本当におかしいですね!」
「非正答」「非主流」という「定説」について、王暁京はこの上ない理解を示す。
「わたしたちは今まで、自分たちが正統だの主流だのを代表しているなどと標榜したことはありません。ただ女子十二楽坊というブランドを作っただけであり、民族音楽の旗印で打ち出したこともないんです。考えすぎ、気を回しすぎじゃないですか?」
「それに、正統とは何でしょうか? 彼らに説明させてください。今の世界は変化しつつあります。わたしたちの国家もよい方向へ変わりつつあります。音楽の形式もそれに従って変化すべきではありませんか? 音楽が前世紀50年代・60年代のようなものであれば正統だなんていうんじゃないでしょうね!? 変化があれば、革新があり、活力が生まれます。ここ数日間、わたしは一つの中央民族楽団の公演を見ていました。その中にも立って二胡を弾く者があり、また着ているものはわたしたちよりもさらに前衛的で派手なものでしたよ」
「ある人がわたしに言いました。伝統的な民族音楽は驚きあわてている、彼らはわたしたちが彼らの市場を奪うのではないかと恐れている、と。じつのところ、伝統民族音楽とわたしたち女子十二楽坊の音楽にはそれぞれ別の市場があります。彼らは精力的にたくさん創作すべきだと提案します。そんなに「おごそか」にこんな意味のないことをやっているのはおかしいじゃありませんか?」
2005年02月04日18:10 新浪娯楽
改革開放以前、中国の民衆が聴く音楽の主流は何だっただろうか? 民楽だ! ラジオをつけると革命歌曲や革命的模範劇(様板劇)以外といえば、「歩歩高」「春江花月夜」などの古典的民楽だった。しかも、革命歌曲と革命的模範劇もわが民族楽器が伴奏していたではないか? 労働者、農民、解放軍、下放青年の中で多くの人たちも同様な楽器を演奏できた。笛子、二胡はどこでも見られ、その音はどこでも聞けた。わたしはあのころ祖国の花としてその影響を深く受けた。だから今も笛子のようなものをちょっと吹けるし、ときどき仕事場でちょっと見せびらかす。
そして改革開放された! 文芸も開放された。まず国内にスター歌手が出現した。李谷一、蘇小明などが革命歌曲や革命的模範劇の地位に取って代わりはじめ、民楽は後退し始めた。続いてすぐに国外の交響楽がやってきて、いっそう多くの音楽家たちを奪い去っていった。それからすぐに来たのは香港・台湾の歌手、欧米の大ブランド、そして現在の日韓のスターであった。その間、インド歌舞、東南アジア風情、国内スターは数年間「西北風」に負けることなく、こうして音楽界は本当に賑やかになったのだ。こういうときに我が民楽はどこに行ったのか? 探しても見つからなかった! 中央電視台の10余りのチャンネルには民楽のものが一つもない。これほどたくさんの番組の中にも民楽に関するものはなく、地方放送局ではさらに言うまでもない。ラジオを聴く人は今は少なくなったが、その番組もテレビと大同小異で、民楽の地盤はない! 今の30歳以下の人で、笛子や胡弓を見たことがある人はどれくらいいるだろうか? 民楽家となるとさらに聴いたこともないだろう! 私のように民楽名曲家を聴くのが好きな人もみなスター歌手、映画スターの名前を少なからず知っている。しかし、民楽関連では劉天華くらいしか知らない。中国には現在民楽家がまだたくさんいるが、知っているのはただ閔恵芬だけだ。それも女子十二楽坊の件に絡んでであった。そういえばだいぶ前にテレビで「二泉映月」を弾いているのを見たことがある。演奏は悪くなく、二胡演奏家の評判に値するものだった。
今、中国は市場経済に突入した。この人もあの人も実力に応じて生活し、国家が扶養しているわけではない! このような時代の民楽は、どのような状況にあるだろうか。音楽学院で養成された人たちの就職先としては、少数の人が民族楽団の中で飯にありつくが、故郷に帰って教師となって次世代に教えたり(聞こえのいい言い方をすれば「輝かしく民楽を伝播する」)、あるいはミュージックホールでの芸能で生計を立てたり(架子鼓(ドラム)、薩克斯(サックス)、電子琴(電子ピアノ)とは言わないが)、さらに多くの人は転業するしかなかったりする!
ここに話及んで、わたしたち民楽家たちは何をしているのか? 大部分は大学で教授になり、生徒に教えて、一カ月数千元の給料に満足している。閔恵芬先生のような一部の名家は民楽が求められているところに行って演奏し、民楽の優秀なところを宣揚したり、放送局(テレビ局ではない)で取材を受けたりする労を惜しまない。民楽愛好者の中には、政府と社会の各界に我々の伝統文化――民楽に関心を持つよう呼びかけている人もいる(華音網のウェブマスターもこのような熱心な人の一人だ)。多くの民楽家たちが民楽を研究する方向がある。民楽の交響楽的発展が進み、少数の悪くない代表が現われている。たとえば中央民族楽団や上海民楽団などである。しかし、今のところ、正統的な交響楽団は影響力が限られており、他人を真似て成功しないうちに本来のものを忘れてしまっている。改革開放から今まで、民楽には新しい名曲が現われていない。単独楽器楽曲の楽隊用編曲はさらに乏しく、この20~30年間、わたしたち民楽家たちはみな過去の功績によって生き続け、かの名曲を繰り返し演奏してきた。演じたりないのだが、聴いて満足してしまっている! 民楽はすぐに京劇と同じように政府救済の「国萃」を待ち望むようになるだろう!
民楽がこんなに息も絶え絶えのまま自然消滅していいのだろうか? 比較的若い民楽家たちが立ち上がり、今世紀初めから新民楽の趨勢が現われた。歌声を朱とした馮暁泉・曽格格夫妻から女子十二楽坊に至るまで、中央民族楽団団長・顧夏陽はこう行った。「民族器楽演奏は非常に大きな特徴を持っている。それはグループ感覚が比較的弱いことだ。それぞれの楽器の特徴が非常に強い。我々の音楽会は民楽に対してこの特徴の上で創作している」。彼らは民楽のこの特徴について、先進の電子音楽器で民楽隊の不足を補充し始めた。こうして我々の民族楽器は80年代以降に生まれた若者の視野に入ることとなり、非常に多くの若者が曽格格から笛子を知るようになった。特別なのは女子十二楽坊で、さらに東京で二胡に注目させ、日本でブームを巻き起こし、香港・台湾・東南アジア・アメリカにも行って、会場を満席にし、国内に戻っては少なからぬ若者たちがこのスターを追いかけた。こういった人たちは本当に中国民族楽器の価値を体現したといえよう! 笛子も二胡も十何元で買えるものではない。あの小さな楽器でよい音を出すためには、値段ははるものだ! 12、13人の民楽科を卒業したばかりの女の子たちが今や笑って花を咲かせ、お金を稼いでいる! それも日本人から稼いだお金で、大いに中日文化貿易の赤字を減らし、国威発揚のために奮闘したのだ!
しかし、わがいとしい民楽家たちは女子十二楽坊に対して納得できないと言って立ち上がり、二胡の民楽の風格をなくしたと言う! 同時に、国内でも少なからぬ反対の声が上がった。背後には民族の尊厳など「上網上線(理論や路線を振りかざす)」物言いがあった! あの姿勢を見ると「三講」(※講学習、講政治、講正気)の第一講(※講学習)で彼女たちを抑えこもうとしているようだ。大部分の人は中国の特色である「中庸の道」を持ち出して、「全部は否定しない。これは民楽の一種の新しい試みだ」と注意深く言葉を用いる! そう、「試み」だ。
民楽の風格について言わせてもらおう! 我々がいつも使う民族楽器は一つずつが非常に強い特色を持っている。二胡について言えば、この楽器の音域の音色表現力と浸透力は最強で、そのため「二泉映月」のような比較的物寂しい歌に表現が適している。しかし、二胡は楽しいメロディーを弾けないなどといえるだろうか? サックス曲「五拍」は弾けないのだろうか? 四人の二胡が演奏する「五拍」のメロディーは、聴けば本当に優美なものである! 電子音を加えると二胡の風格を損なうのだろうか? そんなことはない。適切な電子音はまさに「民楽がグループでは弱い」という欠点を補うことができる。女子十二楽坊の女の子たちが「二泉映月」を弾くのは、閔先生のような雰囲気とは違うかもしれないが、それは彼女たちが若いために人生の深みが足りないからだろう。二胡の風格とは何なのか? 風格といったものは専門的になりすぎたり深遠になりすぎたりしてはいけない。実のところ古典的な民楽の名曲はみなわかりやすく流行した曲なのだ。そして時間の流れに耐えるものだ。二胡はあまりにも高雅なものになってしまったが、聞いて気持ちがいいのはいい曲で、聴いて気持ちよくないのは雑音にすぎないのだ! 二胡を弾いて多くの人たちに聴いて気持ちがいいとか聴くのが好きだと思わせる人は、二胡の風格を体現しているのである。忘れてはならない。二胡という楽器は「二泉映月」だけのために作られた楽器ではないのだ!
民楽は古くさいものを抱えるがあまり死んでしまってはならない。改革開放の波が押し寄せる中で、国外各種音楽や現代的な電子音音楽の栄養を吸収し、民族楽器の優勢を際だたせ、進歩やアイデアによって不足を補うべきだ。民楽家たちは不断の努力で進歩を取り入れ、民楽を国内外に大いに流行させるべきだ。みなさんはそれが可能だろう。たくさんのアメリカドルや日本円を稼ぎ、名誉と利益の両者を得るのがいいのではないだろうか。女子十二楽坊のような新民楽の方法は、民楽の進路とは違うかもしれないが、少なくとも最も重要な進路と改革の方向の一つを示しているのである。
作者:李男
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[No.1] 投稿者:長[2005年02月16日 10:10]
大量の翻訳、ご苦労様です。
すごい論戦が繰り広げられているのですね。勉強になりました。
[No.2] 投稿者:胡桃月餅[2005年02月16日 20:44]
楽坊の功績は多きいです。中国楽器を日本をはじめ東南アジア各国、アメリカと決して“求められている”とは言えないような土地まで行って紹介・宣伝して“振り向かせた”わけですから。最後の評論は正に的確で、時代の移り変わり、動き続ける世界の中で楽坊もその波に呑まれながら、また影響を受けながら、それでもしぶとく自家薬籠の糧としてエッセンスを蓄えながら、変化しつづけていくのでしょう。 音楽性が変わったとかイロイロ物議があるみたいですが、個人的には“進化した”と考えています。彼女らの飽くなき好奇心とチャレンジ精神とバイタリティそのものに好感を持っているので、これからもずっと応援していきます。楽坊、加由!
[No.3] 投稿者:楽坊[2005年03月22日 01:39]
閔恵芬はじめ民楽家たちには笑った。
大家といっても民楽は、しょせん大衆音楽の民楽、大道芸の延長にすぎないことを再認識しただけ。そんなに偉そうなものではない。
女子十二楽坊はその実態を正直に表している。
李男の意見にも笑った。所詮金を稼いだものが勝ちといいたいらしい。馬鹿か!中国人。
[No.4] 投稿者:[2005年04月06日 12:57]
女子十二樂坊は所詮中国で失敗し、
それで日本に出稼ぎに来たに過ぎない。
大した実力もない、
日本の音楽シーンはアイドルやヴィジュアル重視の若い女性を消費する、
流行のスパンも短い。
以上の条件から、
日本でも中国でももう終わりだよーん。
中国のコンサートは在日のファンばっかだし。
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