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楽坊帝国英雄列伝 王龍将軍・蒋瑾 by 朝霧


「楽坊」建国に至る統一戦争で数多の武勲を誇り、勇名を全土に轟かせて「蘭八騎」と正史が伝える八人の将軍、その筆頭にして王龍の称号を持つ女性、 蒋瑾。
楽坊軍誕生以前から太祖の側にあり、三脚鼎の一人として困却の極みにあった太祖を励まし守ってきた蒋瑾にとって、太祖の思いを具現化した楽坊帝国を守ること、その遺恩に報いることはは自身の存在理由の全てであった。
太祖もまた蒋瑾に対し全幅の信頼を寄せ、彼女がいる限り楽坊の未来に対して何ら不安はないと信じることができたのである、太祖の遺詔が蒋瑾に託されたのは万人の納得するところであった。
蒋瑾率いる黒騎兵はまさしく楽坊最強であり、その比類なき攻撃力は古の項羽に例えられた、(もっとも本人は縁起でもないといって本気で迷惑がっている。)
楽坊軍飛躍のきっかけとなった寿春攻略戦、宿敵山越を滅ぼした建安の戦い、三大包囲戦の一つにも数えられる巨鹿の会戦など、彼女が武勲第一と褒賞された戦いは数知れない、それは彼女が常に最前線で戦っていたことの証でもある。
新政府を作るに当たり、太祖は蒋瑾に統帥本部総長として中央に在ることを命じたが彼女はそれを固辞した、自身の栄達など最初から望んではいない、彼女は長城勤務を強く望んでいた。
「北方経略こそ最も重要な任務であり自分以外でその任に堪えうるものはいない」
彼女の強い意志を認めるしかなかった太祖は「ありがとう、よろしくたのむ」とだけ答えたと言われる。
蒋瑾が太祖と再びまみえたのは崩御の前日であった。
北軍都督として蒋瑾は多くの活躍をしていない、これは彼女の統治能力の高さをものがったている、彼女が活躍をしないということは争いが起こらないと言うことなのだから。蒋瑾は北方の諸部族に対して武力で威圧することはしなかった、彼等と友好関係を築くことが上善の策と信じていたからである、忍耐強く彼等と交渉していく内に時折流れる音楽に気が付いた蒋瑾は、その楽器に興味を持ち演奏方法を教えてもらい部下にも習わせた、馬上で弾くこともできるその楽器の音色は蒋瑾の心を慰め勇気づけただけでなく、彼等との友好関係を一気に強いものにしてくれたのだ、このとき蒋瑾は知る「武力での平和は一方だけのものだ、しかし音楽は両方を平和にする」と。
太祖の遺詔、その願いを北杏の乱(三代皇帝の座を巡る争い)を収拾したことで果たした蒋瑾は、聖藤二年十二月万民に惜しまれながらこの世を去る。太祖の思いを守り続けた蒋瑾の最後の言葉。
「北の大地に音楽は流れているか」

-2004/11/15
-written by 朝霧



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