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楽坊帝国英雄列伝 周健楠 by 朝霧


「我が願いこれにて適う」最後の望みをかけて彼女の笑顔を見たとき周健楠は心の中で叫んだ。
西漢の周勃を祖に持つという周家は東漢に入り没落していたが、健楠の祖父の代に塩の交易を手始めに富を築き、彼女が当主になる頃には江東一の大財閥になっていた、周健楠も経営の才常人にあらずで周家を更に巨大にしていく、しかし、財を築きながら周健楠は国の現状を憂えていた、この国はあまりにも病んでいる人々の生活は目を覆うほどに惨く、夜盗山賊の類は各地に跋扈し略奪を繰り返す、民を守る国軍はその責を放棄し、むしろ彼等の方がより酷く人々を苦しめている、子供達の泣き声は止むことなく、怨みと嘆きの声は今や大陸中に溢れている。
周健楠は強く願う、
「私がしなければならないこと、私にしかできないことをどうぞ成し遂げさせてください。」
それは、周健楠がこの世に生を受けた意味とその証を彼女自身の心に刻むこと。
彼女の出生、その因果に彼女の心は囚われ続けていたから。
江南の建業に周健楠が私財を投げうって流民を受け入れる街を築いたとき、街を守るための私設軍も同時に結成され人員は一万人を数えた、しかしその軍を率いる将軍がどうしても見つからない、王補の才と呼ぶにふさわしい楊松梅の知略を充分に生かせる才略と胆力、ひたすら真っ直ぐな仲宝を信服させる人徳と大志、それらを兼ね備えた大器の人、如何に困難であろうとも何としてでも見つけ出さなければならない。
探せども求めども周健楠の望む人物は見つからない、さすがに諦めかけたそのとき彼女と出会った。後世の歴史家に「新しい世界を創造した出会い」と呼ばれる周健楠とスン・ティンの出会いは、その言葉通りに新しい時代の扉を開いたのである。正確には周健楠が一方的に見つけたのであり、スン・ティンの方では全然気づいていなくて、この出会い自体周健楠が周到に準備したものである、しかも最初スン・ティンは周健楠の要請を断っている。
周健楠の名前は夙に聞いていたが、彼女の話はあまりにも現実離れしていたし、兵法や弓馬の術も修めてはいたけれど実践で使うなど思いもしなかった、何よりスン・ティンには限られた人生で譲れない夢があったのだから。
それでも周健楠は諦めない、何度も何度もスン・ティンのもとを訪れ頭を下げる、断れても断られても決して自分の思いを捨てることなく訴え続けていく、スン・ティンはこれほどまでに真剣な人を見たことがなかった、江東の周健楠ともあろう人がただの小娘に頭を下げ礼を尽くして訴える、“その態度に一切の偽り無く、その言葉に一片の私心無し”スン・ティンの心を動かしたもの、それは周健楠の心であった。
「周健楠がひとたび断を下せば迷うことなく引くことなく目的を達成する、その手際は見事なまでに鮮やかである。」
そう賞賛される周健楠がおそらく初めて見せたであろう必死の姿、いや必死の心。このとき周健楠は周健楠の心を周健楠に取り返したのである。
決意を固めた夜スン・ティンは母親と三つの約束を交わす、その約束は終生スン・ティンの胸に秘されたままであった。
スン・ティンと共に建業に入った三脚鼎もそれぞれ衆に抜きん出た逸材だったので周健楠の喜びはとどまるところを知らず、建業の街も一気に活気づいたのである。乱世を生きる周健楠の信念、それは、
「情報と経済を軽視するものが勝ち残ることはない」
経済政策に劣らず情報活動においても彼女は抜群である。
彼女はかってないほどの質と量で情報網を組織して情報の収集、分類、解析まで一元管理し、常に最新の情報を楽坊軍に提供していたが、その存在を知るものはスン・ティン、楊松梅、馬菁菁、廖彬曲、張爽の五人だけであった、楽坊帝国成立後は非公認の組織として宰相の直轄化にある。
楊松梅、馬菁菁の戦略も周健楠のもたらす情報が生命線であり、廖彬曲、張爽の内政外交も周健楠の情報があればこその過たずである。楽坊軍によって戦乱の世に終止符が打たれた後、周健楠は太祖の強い希望で文化事業を積極的に進める、後に楽坊様式と呼ばれる建築群を生み出す民政工部尚書ジャン・クンに、旧来にない斬新な設計の施設を建てさせ、民間人でも自由に音楽や書画を表現できる場や機会を提供したのである。
これらの基盤の上に廖彬曲、仲宝らの働きで諸民族混成の新楽団が産声を上げ、様々な芸術に影響を与え、また受けながら楽坊文化の精華と呼ばれるまでに成長し、定着したのである。
誰もが思い描き憧れた理想郷、そして誰もが夢物語と思っていた理想郷、楽坊はその理想郷に向かって今歩き始めた、楽坊を作り上げた十三人の女性、彼女達は道を作る者であり道を照らす者である。そしてそれは、周健楠の願いが全ての始まりであった。
「世界中でわき起こる歓声、子供達の笑声、そして絶えなく響き渡る平和の調べ」
これこそが歴史に刻んだ周健楠の生きた証である。

-2005/01/04
-written by 朝霧



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