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楽坊帝国英雄列伝 永世右丞相・孫媛 by 朝霧


「孫媛はかすがい」口に出しては誰も云わないけれど、誰もがそう確信している。
楽坊帝国 永世右丞相 孫媛
楽坊の旗に集う者の多くは、己の人生にあって今このときという瞬間に出会っている、それを運命と呼ぶ人もいれば偶然という人もいる。しかし孫媛だけは最初から楽坊を目指してきた、突然やってきたのにずっと以前からそこにいたようにとけ込む孫媛
「何処からきたの、何しにきたの」
問うスン・ティンに孫媛は笑って答える、
「彼方より、御仏のお告げに従い貴方を助けるために」
スン・ティンはその答えに、いいえ彼女の笑顔に納得する、孫媛の笑顔が記憶に残る観音菩薩像の微笑に重なっていく、
「あれは私が初めて洛陽を訪れたとき、父母に手を引かれお参りした白馬寺にあったものだ、見よう見まねで手を合わせ、目を閉じた私に誰か話しかけてくれた気がする。」
孫媛の笑顔は子供の頃の思い出を確信に変え、スン・ティンに勇気を与えた。
「あの日私は観音様の声を聞いたんだ」
楽坊内で孫媛は不思議と苦しんでいる者の側にいる、誰にも涙を見せられせず、弱音も吐けなくて必死に耐えている者の側に、気づけばそこにいてくれる、普段と変わらぬいつもの孫媛、その笑顔。スン・ティンをはじめ遠征から戻ってきた諸将は孫媛の笑顔に迎えられ、初めて無事に戻ってきたことを実感し心から感謝したという。
「星辰の定めに乱れの兆しがあります、イン・イェン将軍急ぎ臨川に向かって下さい」
建業の防衛に当たっていたイン・イェンがスン・ティンの危機に間に合ったのは孫媛の星見の力による。
また、江水が氾濫したとき廖彬曲が迅速かつ的確に対応できたのも、孫媛の予見に従い準備に怠りなくその時に備えていたからである。
孫媛は医術にも驚くべき知識を持っており、それまで知られていなかった植物の効果や効能を伝え、病気や怪我の治療法にも新しい技術を導入する、彼女は自分の持つ知識や技術を秘匿せず、書物にまとめそれを広く公開した、更に医術専門の学府建設を太祖に願い出て、医を志す者を全国から募集し、高い水準を維持してより多くの人材を育て上げる常設機関とした、その上で各州の行政府内に診療施設を設置し、郡や県を結ぶ人材派遣も制度化していった。
孫媛によって医学が誕生し、国家規模の医療体制が初めて確立したのである。

孫媛が初めて建立した慈光寺は縁結び大寺として人気があり、今でも大勢の人々が願いを託しに訪れている。
なぜ孫媛が縁結びと関連づけられるようになったのか、それは彼女が張爽の願いを叶えてあげたことに始まる。
「夢で良いからお母さん会いたい」
願いを口にした張爽に、孫媛が答える
「夜着を裏返しに着て寝てみなさい」
簡単なものだったが本当に張爽の願いが適い、感動した張爽がそれを馬菁菁に話す、馬菁菁は信じられないと答えたものの、実際本当に思い人が夢に現れたらしく、張爽以上に感動して手当たり次第に教えて回り、張爽命名の「孫媛の夢見る作法」として(多少変化して)民衆に伝わったのである。このとき名称をめぐって張爽と馬菁菁の間で激闘が繰り広げられたのだが、楽坊内で「張馬の七日間戦争」と呼ばれた出来事を、特に百戦百勝の馬菁菁を敵に回しての張爽の奮闘振りを描いた絵巻物や講談が大人気となり、「孫媛の夢見る作法」は大流行したのである。
最初は心に思う人の夢を見るはずものがいつしか恋人の夢専用になり、更に時間が流れて夢ではなく実際に出会えるようになって、今の縁結びになったのである。
ちなみに「張馬の七日間戦争」のとき孫媛が何をしていたかというと、何もしていなかったのである、ただいつにもまして仲良く遊ぶ張爽と馬菁菁の二人をうれしそうに楽しそうに見ていたのである、それはみんなが待ち望んだ平和な光景でした。
楽坊は国教を定めなかったが仏教と道教が隆盛していく、仏教を保護した孫媛は国中に寺院を建て天竺から名だたる高僧を招聘して仏教の定着に労を惜しまず貢献したが、決して仏教以外の宗教を攻撃したり排斥したりはしなかった、彼女は常に共存共栄を願い、ひとの為に自分は何ができるかを考え続けていたのだ、孫媛とはそういう人である。

慈悲深き孫媛
苦しいこと悲しいことそれら全てを笑い飛ばしてきた太祖スン・ティンが、自分の心を開いて泣く涙を母親以外の人に見せたのは孫媛唯一人である、孫媛の無条件の優しさが、うれしくて、ありがたくて、愛おしくて涙が止まらなかった。
二人が初めて言葉を交わしたとき、孫媛がスン・ティンを助けるために来たと答えた本当の意味は、戦争に勝つことでも帝国統治の助けをするためでもない、強さの内側で悩み苦しみ続けているスン・ティンの心を救うこと、何としても。スン・ティンの心を救い笑顔を守った孫媛の笛、その音色に込められた思い
「貴女の罪は私が背負ってゆきます」
太祖スン・ティンが我が子聖桜帝に遺した言葉、
「孫媛を失ってはならない、孫媛は魂の位において楽坊一である」

慈悲とは何か、仁ではなく礼でもない、それは需の教えには無いもの。
孫媛の笛の音は百万の言葉でも語れぬ真理を諸人の心に届かせる、
楽坊より奏でられる妙なる調べ、孫媛の笛の音は今世界を包みます。

-2005/01/17
-written by 朝霧



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