出会いは偶然だった。
イン・イエンは仕事が終わり家に帰る前、軽く食料を買いに店に入ろうとした時、前から走ってきた男にぶつかった。お詫びは言われたが少し機嫌が悪くなった。そのまま買い物しレジに行くとドキッとした。
「お財布がない!えっ・・・まさか・・・あっ、さっきぶつかった時落としたんだわきっと」
やっぱり戻しますと言おうとした時、後ろから突然現れた。
「これで支払ってください。大丈夫、この方と知り合いですから」
そう言ってお金を出してきたのは知らない若い男だった。店員は信じてそのお金を受け取った。
イエンは突然のことで何も言えなかった。でも店を出た途端我に返った。
「あの、ありがとうございました!とても助かりました。お金は必ずお返しします」
「いえいえいいんですよ。僕にはこれくらいのことしか出来ませんから・・・であの・・・よかったら・・・」
その男は少しタレ目で優しそうが、体は貧弱で気弱そうなイメージだった。イエンの好みではない。
「名前教えてくれませんか?私は殷焱と言います。女子十二楽坊ってご存知?」
「はい!もちろんです。僕、あなたのファンです。ずっと前から・・・あ、僕は李雄といいます。よろしく・・」
「よろしく。あ、お財布あった!・・・こんな所に落ちてたのね。シャン君、さっきのお金返すわ」
「本当にいいんです!僕けっこう持ってる方なので。あ、あの・・・よかったら・・明日また会いませんか?」
「えっ・・・・・・・・・・いいわよ。お礼もしたいし。じゃあ連絡先教えて」
イエンは別に軽い人ではない。ただこの場合自分に断る権利がないと思うからこうしたのだ。悪い人ではないだろう、だが話し方がオドオドしていて男らしくない。はっきりいって好みのタイプの対象外だ。
「じゃあ、また明日。仕事が終わったら電話しますね」
シャンは胸がドキドキしてて喜びを隠せないでいた。自分の憧れていた人と友達になれるなんて・・!
だがイエンは何も感じなかった。彼氏は今はいないが、彼を恋人にするのは嫌だった。友達でいい。
こうして二人の微妙な関係が始まったのである。
次の日、仕事が終わり約束どおり二人は会い小料理店に入った。
シャンは相変わらずしゃべりが自信なさげで細い声だった。イエンはその逆ではっきりしよくしゃべる。
「へぇ、病院の息子さんなんだ。お金持ちなのね!私は楽坊に入ってちょっと楽になったかなって感じ」
シャンは聞いてるだけで自分の事はあまり話さない。そこがイエンには少しつまらなく笑えなかった。
「今流行のかわいい服が欲しいんだけど、ブランド物だから高くてさ。ちょっと悩みどこなのよね」
「・・だったら・・僕が買ってあげますよ。・・いやじゃなかったら・・今買いに行きましょう・・」
「えっ、悪いよそんな。いいって、ねぇ」
と言いながらも店に来てしまい、欲しかった服を買ってもらった。イエンは申し訳ないと思いも凄く喜んだ。
「あぁ・・笑顔がかわいい・・・こうすれば笑ってくれるのか・・・そうか。イエンさん、他に欲しい物は?」
あまりの嬉しさにイエンも調子に乗る。たまには誰かに甘えてみようかな、彼も嫌そうじゃないしね。
どっさり買ってもらって帰る時間になるとイエンはハッとした。この分の見返りを求められたらどうしよう・・
でもシャンは笑顔で何もしてこない。文句も言わない。「じゃあまた会いましょう」だけだった。ホッとする。
「今日はありがとう!また遊びましょ。約束よ」
自分からこんな事言うなんて。でもいい人でよかった安心したわ。・・・でも悪いが恋人にはしない。
えー!とメンバーのみんなはイエンを見た。翌日の練習所でのお昼時間。
「その彼いい人過ぎじゃない?なんか裏がありそう・・・」
「それか本気でイエンを恋人にするための作戦なんじゃないの?」
昨日の事を話したらみんな驚いた。そりゃそうだ、物を買ってくれたのに指1本触れられなかったのだもの。
「ちょっとヒドイわ。彼はいい人よ。私のファンだから緊張してたし。裏表なさそうだし楽しかったわ」
「買い物してる時は、でしょ。もうやめなさいよ、買わせたり。そういう人を悪女って言うのよ」
「古いなぁジェンナンは。今多いじゃないそういう女の子。変な事しなければいいんじゃないの?」
ティンが言うと大半の人が納得した。でもイエンはジェンナンの言う事もわかると思った。ひどいよね私・・
しかしその後もイエンはシャンと会った。忙しいのでいつも数時間なのが気が楽だった。
相変わらず好きなように物を買ってくれる。もういいよ、と言ったのだが彼は納得しなかった。
「僕はこのようにつまらない男です。こんな事しかできません。あなたが良ければ僕もいいのです」
そう言われるとイエンは黙る。彼への恋心はない、だが希望を叶えてくれるし優しいし嫌いじゃない。
彼はイエンの事が好きだが、言えないでいる。フラレるのがわかっているからだ。もう少しこのままでいい。
「10日の北京でコンサートはね、日本のファンも来るから今回演奏するのは日本の曲ばかりなのよ」
「へぇ、そうなんですか。日本の曲で『花』っていい曲ですね。楽坊のCDで初めて聞いて気に入りました」
「いいわよね!私あの歌詞が好きなの、生で聞いた時感動したわ」
「僕もそれでCD買いました。自分の心境にピッタリだから・・・生まれ変わってもあなたのそばで・・・」
イエンはシャンを見た。少し見つめあうと彼は照れて下を向き頭をかいた。ほんとこの人勇気がないな。
「あ・・そうだ、僕10日はもしかしたら用事が入るかもしれなくて・・・プレゼントは何がいいですか?」
「エー、それは残念だわ。贈り物なんていいわよ。・・・・あ、このお花きれい!これなら欲しいかな」
イエンは立ち止まり、赤や黄色のスプレーバラを微笑んで見ていた。
「どうして付き会わないの?」 この質問をイエンは聞き飽きていた。
「ユエンまでそんなこと聞くのね・・・。もういい加減答えなきゃダメ・・?」
イエンは唇を触りながら言う。みんなも興味津々で集まってきたのでもう観念するしかない。
「私ね、自分から好きにならなきゃ付き合わないタイプなのよ。気がない人に好かれても答えられなくて。彼はいい人だけど顔もしゃべり方も好みじゃないの。臆病で男らしくないし・・・好きになれないわ」
「それなのにお食事行ったり、好きな物買ってもらったりしてるの?」
「だって彼がいいよって言うし・・・私無理な事は要求してないわ。きっと彼は恋人にみつぐタイプなのよ」
「まぁそういう人もいるからね。何かあげる事で愛をつなぐカップルもいるし。でもちょっと大変そう」
「それにイエン、もし正式に恋人になってと言われたらどうするつもりなの?断れるの?」イエンは無言で思った。勇気のない彼からいって自分に告白してくるなんてないでしょう・・・と。
みんな少し不安になった。イエンはしゃべると止まらない性格だから余計な事まで言うんじゃなかと。
ある日の夜、めずらしくシャンのほうからイエンを誘った。そして公園で待ち合わせた。
「すいません突然。・・・その・・・お話したいことが・・・ありまして・・・」
「いいのよ別に。話ってなに?」
「あの・・僕実は父から留学を薦められてまして。行く事になったのです。医学が発達したドイツへ」
「留学!・・・そっか、お父様の病院を継ぐには勉強しなくちゃね・・・寂しくなるわね」
「イ・・イエンさん!僕と遠距離恋愛を・・・あ、いや・・・戻ってきたら・・僕と結婚してください!」
イエンは一瞬止まった。シャンは顔真っ赤にしてこっちを見てる。そんなの・・・そんなの・・・
「そんなの無理よ!だって・・・だって・・・だって私、あなたの事もともと好きじゃないもの!」
・・・言ってしまった。言ってはならない言葉を。傷つける言葉を・・。シャンは悲しそうな顔をした。
イエンはもう何を言っていいかわからず、その場から走り去った。
なんてことを言ったのだろう!バカだ、あんなにいい人を傷つけるなんて。悲しませるなんて!私は思いやりのない冷酷な人間だわ。あぁ、なんてヒドイ女なの。なぜもっといい言い方が出来なかったの・・
イエンは何かを求めるように走っていた。歩いていたら後悔に押しつぶされるようで怖かった。
着いたのはビンチュイのマンションだった。今日はユエンが来てる事を無意識に思い出したのだ。チャイムを押すとユエンが出てきた。彼女は息を荒くして汗を流しているイエンの姿を見て驚いた。
「イエンどうしたの?走ってきたの?ビンチュイ来て」
「私・・・傷つけた・・・ヒドイ事言って傷つけたの・・・・私・・」
直後ユエンに抱きつきウァーン!と思いっきり泣いた。ユエンは何も言わずに抱きとめた。
その後、彼から連絡がくることは無かった・・・・。
北京コンサート当日。今日は日本人のファンも多く来てるから会場は超満員だ。
「イエン。元気ないね、大丈夫?」
メイクの時間みんなが心配して声をかけた。あの夜以来、イエンは自分を責めていた。嫌な女だと・・
「失礼します!皆さん、会場入る前にプレゼント回収をしたので持ってきました。ツアーの方からの贈り物は交流会の時にもらってください。なのでこれは一般の方からのです。あと・・・」
みんながプレゼント箱に群がると、スタッフはイエンの所にきた。
「イエンさん、これだけは先ほど郵送でここに届いたものですよ。つぶれないように持ってきました」
差し出されたのは赤いバラの花束だった。シャンからのプレゼントだとすぐにわかり添えてあるカードを開く。
『イエンさん、コンサート頑張ってください。今日僕はその場にいるかわかりませんが、いつでもあなたを応援しています。すごく照れくさいのですが・・・僕はあなたを愛しています。 シャン』
イエンは泣きそうになった。でもメイクが落ちるといけないのでこらえる。ユエンが肩を抱いて慰めた。
「本当に好きだったんだね。・・・・・・さぁ行きましょう。みんなの前では泣いちゃだめだよ。できる?」
コクンとうなずいて楽屋を出る。ステージに上がるとイエンはニッコリ笑顔になった。さすがプロである。
コンサートが最後のほうになり、曲は『花』になった。この曲は彼が好きだと言っていた曲だわ。
・・・・・・・・・・・生まれ変わっても・・・・・あなたのそばで・・・・・・・・・
彼は私に本気だったんだ。私の言うことをなんでも聞いて、欲しい物ならなんでも買ってくれた。それが彼なりの愛情表現だったことに気付いていた。それなのに私は見ぬふりをして真剣に考えなかった。
イエンはサビの部分になるとうつむいた。両隣のリーチュンとティンが気付いてイエンを見る。イエンはすぐ顔を上げたが涙を流していた。どうしてもこらえることが出来なかった。前列のファンはザワついた。
ごめんなさい・・シャン君。ここにいますか?私の二胡の音聞こえてますか?すごく逢いたいです・・・
イエンの涙はこの曲にとても合っていて観客はもらい泣きをする人が多かった。感動的な時間が流れた。
大絶賛の拍手につつまれて、コンサートは幕をとじた。イエンは笑っていた。その後の日本のファンとの交流会もイエンは笑っていた。気を使い誰もさっきの涙のワケを聞かなかった。
「私、彼に会いたい!」
イエンがみんなの前で言った。交流会後の着替えの時だった。
「やめときなよ。自分をフッた女から連絡きたら、怒るか勘違いしちゃうよきっと」
「・・・いいのそれでも。私、彼の恋人になってもいいわ!あれは取り消すの」
「待ちなさい、それは錯覚よ。傷つけたことを悪かったと思い悩むうちに、やっぱり付き合ってもいいって同情が生まれたのよ。だからそれは本当に好きではないわ。もう忘れなさいよ」
ジェンナンがアドバイスしたが今のイエンには通じなかった。意外にも思い込んだら一直線な所があった。
「どうしても会いたいの!謝りたいし言いたい事があるの。電話・・・出てくれるかしら・・」
かけてみたが彼は出なかった。イエンは絶望的な気持ちになったが、ハッと花束を思い出した。
「そうだわ!たしか郵送って言ってた。住所がわかるかもしれない、スタッフさんに聞いてくるね」
イエンは走って楽屋を出た。みんなボーゼンとしていた。ねぇ、好きじゃないんじゃなかったの?
スタッフさんに住所の紙をもらい、二胡をジンに預けるとイエンは急いでシャンの家に向かった。家は北京の端のほうにあり、お金持ちの家だとすぐわかるような豪邸だった。チャイムを押すと家政婦が出た。
「こんにちは。私は殷焱と言います。シャン君はいらっしゃいますか?」
「坊ちゃんなら今頃空港ですよ。今日留学しに家を出ました。ご用だったのですか?」
イエンは再び絶望的な気持ちになった。よりによって今日だったなんて!もう会えないのね・・・。
「あっ、でも飛行機の時間はまだですよ。なんかコンサートに行ってから行くようで遅い時間にしたのです。今から空港へ行けば・・・・多分ですが間に合うのではないかと・・・」
よかった!まだ希望はあるのね!待っててシャン君、私が着くまでそこに居ますように・・。
イエンはお礼を言ってまた急いでタクシーに乗った。今度は空港だ。北京の中でも交通量が多い所。
お願いシャン君、まだ行かないで。私あなたに言いたい事があるの・・・・私もあなたが好きです!
空港に着くまでの間、ジェンナンに電話で説教された。
「なんでそこまでするのよ!好きじゃないんでしょう?また傷つけることになるわよ」
「嫌なのよ、このままっていうのが。私・・ひょっとしたら知らない間に好きになってたのかもしれないの」
タクシーを降りて彼を探した。たくさんの人がいて見つけるのはすごく困難に感じた。すると肩を叩かれた。
「クンとユエン!どうしてここに?」
「あんまり必死になってるから可哀そうに思えちゃって。探すの手伝うわ、彼の顔は1度見たことあるし」
たとえ間違ったことでも協力してくれる、そんな優しい友達がいることをイエンは幸せに思った。
3人は個々に別れて空港内を走り回った。ドイツ行きはまだ飛び立っていない、どこかにいるはずだ!
「イエン!出国スタンプ押す所に来て!あの人多分そうだと思う」
クンが電話で言った所に行くと、手続きを済ませた柵の向こう側にいるのは間違えなくシャンだった。
「シャン君!待って!」
彼は振り返りイエンに気付くと驚いた。そして近寄れる所まで来てくれたが、手の届く距離ではなかった。
「シャン君ごめんなさい!あんな事言うつもりじゃなかったの。自分でよく考えてわかったの。本当は私もあなたの事が好きなのよ!本当よ。だから・・・だからあなたが帰ってくるの待ってるからね!」
イエンは声を大にして言った。シャンは嬉しくて涙を流したが、片手で拭くと首を横に振った。
「イエンさんありがとう!でも僕よりも・・あなたにふさわしい男性を探すべきです!僕は応援しますから」
「そんな・・・シャン君・・・・・。ごめんね、傷つけてごめんね!・・また、いつかどこかで会おうね!」
「ありがとう!あなたとの日々は一生忘れません!さようなら!」
最後は男らしくはっきりした大きな声だった。シャンは笑顔で左手を振ると奥に消えて行った。
「私も忘れない・・・・また、会おうね・・・・会おうね・・・・」
イエンは顔を両手で覆って泣いた。ユエンとクンが支える。周りは見物人が集まっていてうるさかった。
「結局、イエンが好きになった時はもう遅かったってわけね」
ジンが言うとイエンはうなずいた。楽屋の中での順番待ちの時間。話題はその話一色だった。
「でもそれは本当に好きではないはずよ。フッて悪かったなぁって悩み過ぎたから、あぁ私ほんとは好きなんだって思い込んだだけよ。イエンが優しい性格だからなだけよ。私の経験からいってね」
ジェンナンの意見に納得するメンバーもいれば、
「そうかしら。失って気付く大切な人っていうのもあるでしょう。連絡こなくなって愛しさがわかったのかもよ」
ビンチュイの意見に納得するメンバーもいる。女の子は恋の話になるとみんな真剣だ。
「まぁ本当に嫌いだったらフッた事を悩んだりしないよね。イエンの中で彼への情があったのは確かだね」
「ジンの言う通り。隠れた愛情だったのか、本当の友情なのか、それはイエンにしかわからないけどね」
「レイ・・・。そうね。私自分でもよくわからないの。あの時彼をフッたのは本心なのか、焦ったからとっさに言ったのか。いい人って思ってただけだから、告白は予想してなかったの。もし考えていたら、もっと上手くフル事ができた。そうしたら思い悩む事はなかったのか・・・やっぱり気にして悩んでいたのか・・・わからないの。これで良かったのかどうかも・・・」
ウーン・・・とみんなも考える。突然の告白を受けてから、自分の気持ちが変わっていくって事あるよね。
「ま、とにかくさっ。もう終わったことだもの。引きずらないでいい勉強になったと思わなきゃ!」
「ティンちゃん・・・・・。うん、そうよね、もう終わってしまった事だものね。新しく出会いを探すわ」
「そうだよ。イエンはオシャレと恋をしている時だけが1番輝いているんだよ!」
バオの発言に一同が「ん?」と考えた。だって、ということは・・・・
「じゃあ演奏中はなんなのよ!?」
あっちゃーとテレるバオ。みんな明るく笑いだした。イエンは笑いながら窓を見ると飛行機が飛んでいた。
・・・さよならシャン君。私を好きになってくれてありがとう。またいつか、きっと・・・・
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