ジャン・シュアンが風邪をひいた。
寝込むほどの熱は1晩で下がったが、その後の咳とのどの痛みが治らない。声が出ないほどだ。
「困ったわね・・・楽坊のトーク担当はほとんどシュアンなのに」
今時期コンサートもそうだがテレビ番組に出ることが多くて、いつもシュアンが中心にしゃべっている。
「まぁシュアン以外誰もテレビで話せないわけじゃないからね。私達でカバーしましょう」
「ごめ・・・んね・・・みん・・な。ゴホッ。フン・・・」
「いいのよ無理しなくて。声ださなくていいの。休まないのだから長引くかもしれないもの、かわいそうに」
ソンメイが背中をさすってくれた。仕事を休めば治るかもしれないが、ファンのみんなに心配かけたくないし、私の代わりの琵琶奏者はいない。もちろん琵琶2人でも曲は成り立つがなんか寂しい。
「さぁ行きましょう。クン、今日のトーク担当は決まったの?」
「ハァーイ!私とリーチュンとレイとジンジンよ。みんなでジャンケンして決めたの。ね?」
うん、とみんな笑顔で返事をする。なんだかはしゃいでるようで楽しそうだなぁ・・・こっちは苦しんでるのに。
そして収録。演奏よりもトークの方が長い番組だった。2列に並んで座っているのだがシュアンはめずらしく後ろの端だった。前列は楽しそうに2人の司会者と話が弾んでいる。少しうらやましく思った。
シュアンは楽坊のコメント担当。明るく話好きだからその役割になった。いつも気にしていなかったが、こう何も話せないと少し考えれるようになった。本当はみんなもテレビで話したいと思ってるのかな・・・
「お疲れ。なんか楽しかったね。あの方に初めて会ったんだけど面白い人だったわね!」
ジンジンが楽しそうにクンと話す。彼女は最近私への気遣いがさっぱりだ。あんまり心配してくれない。
「ねぇ、今日仕事終わったらご飯食べに行かない?こないだ開店したおいしいって噂の店があるの!」
エー!それは私と行く約束なのに。忘れてるな・・それとも私と一緒に行くの飽きちゃったのかな・・・
「シュアンどうしたの?お腹痛いの?トイレ連れてってあげる。行きましょ」
ソンメイ優しいねありがとう。でも違うのよね・・・・あぁ声を出したい、しゃべりたい!
ブルーな気分のまま仕事が終わった。家に帰るとすぐジンジンが荷物を置きながら話してきた。
「シュアン、私ちょっと出かけてくるね。ご飯は自分の食べられる量だけで軽く作りなよ。あと先に寝てて」
病人を置いていくとは。冷たいのではない、完全に慣れているせいである。さらに付け加えて言う。
「いっとくけど私に風邪移さないでね。だから早く治してよ。じゃあね!」
バタンと行ってしまった。優しくないなぁ、前はいろいろ作ってくれたりしたのに。するとチャイムが鳴った。
「シュアン、大丈夫?心配で来ちゃった。ご飯まだなんでしょう?作ってあげるわね」
ソンメイとジェンナンだった。嬉しいしありがたい!ひょっとしてジンジンが出かけること知ってたのかな。なんにしろ今の私にとっては二人が天使のように見える。具合はたいした事ないんだけど甘えちゃうね。
「シュアン、声出ないときはあんまり外出たらだめよ。最近この辺物騒みたいだから」
食事の時ジェンナンが注意するように言った。シュアンはうなずく。ソンメイは、
「女性が狙われるのが多いって新聞で読んだわ。暗い道を1人で歩いたら危険だから絶対だめよ!」
「大丈夫よソンメイ。シュアンはちゃんと考えて行動する子だから」
シュアンはふとジンジンが気になった。最近夜出歩いてるのよね、大丈夫かな。美人だから心配だわ・・・
次の日もジンジンはクン達と話している。食べ物の話になるとバオとリーチュンも寄ってきた。
「昨日のすごいおいしかった!ジンジン他にもいい所知ってるのよ。ねぇ、おいしくて安い店ってない?」
「あるわよー私の家から近いんだ。前までよく行ってたわ、おいしいのよ。今日みんなで行ってみる?」
行きたい!とみんな盛り上がるものだからジンジンは立ち上がって腰に手をあてる。
「よぉし今日は特別に私のおごりよ!みんないっぱい食べよう!」
「オー!!あっはっはっ・・・」
てことは今日も家に居ないんだ。アーア、風邪じゃなかったら一緒に行ったのに・・・寂しいな。
その夜もジンジンが出かけ、ソンメイとジェンナンが来てくれた。シュアンはやけに咳き込んでいた。
「苦しそうねかわいそうに。シュアン、調味料がちょっと足りないの。私達近くで買ってくるわね」
そう言って二人が出て行ったあと、シュアンはテーブルの横下にお財布が落ちているのを発見した。
これジンジンのだわ。さっき鞄横にして置いてたから落ちたんだ。バカねぇ、今日はみんなにおごるって言ってたのに。食べ終わった後慌てるわきっと。恥かかせちゃ可哀そうだから届けてあげよう。
『ジンジンにお財布を届けに行ってきます。近い所だからすぐ戻ってきます。 シュアン』
こう置き手紙を書いてシュアンは家を出た。お店の場所はわかってる。本通より裏道を通ればすぐだ。
その頃、ソンメイ達は買い物を終えて帰る途中、本通で走っているジンジンに偶然会った。
「あらジンジン、どうしたの?そんな慌てて」
「あ、ソンメイとジェンナン。私家にお財布忘れたらしくてさー。食べる前に気付いて良かったわ」
「もう、そそっかしいわね。みんなを待たせてるんでしょう・・・・ほら、私のお財布貸してあげるわ」
「ジェンナン!いいの?ありがとう、お金明日返すから。ほんとありがとう!助かったわ」
受け取るとジンジンは引き返して行った。二人は呆れ顔してるが少しかわいく思った。そして家に着く。
「ただいま。・・・シュアン?あれいない・・・・シュアン?」
「ソンメイ、これ見て」
二人は置き手紙を読んだ。はっきりと嫌な予感がする顔を見合わせた。
シュアンは走らず歩いていた。咳き込みながら街灯の少ない少々暗い裏道を通っていた。ここを抜ければ明るい通りにでる。その通り沿いにお店はあるのだ。歩いていると急に後ろから声をかけられた。
「お姉さん、落し物ですよ」
えっ、と振り返るとすぐに口をふさがれた!声を出せないまま強引に空き家の中へ連れて行かれた。
「ハハ・・・かわいいじゃん。当たりだな」
二人の男がシュアンを壁に押し付けてしゃべる。1人の方はナイフを持っていた。それを顔に近づける。
「死にたくなかったら抵抗するな!声も出すな。いいな!」
ここは空き家なのでドアも窓ガラスもない。誰でも通り抜けできる所だ。叫べばきっと誰かに聞こえる。
だがシュアンは声が出ない。代わりに咳が出た。それがタン絡みの咳だったので男達は嫌な顔して引いた。
「うわっ、なんだ風邪引いてるの?病気?触りたくねーな。だっだらさ、自分から脱げよ。ほらやれよ!」
シュアンは顔が真っ青で震えていた。・・・誰か助けて!お願い!怖いよ!ママ!
ソンメイとジェンナンはシュアンの帰りが遅いことに心配になり、いてもたってもいられなかった。
「ジェンナンやっぱりおかしいわよ!何かあったんだわ。探しに行こう!あ、その前に警察よびましょ」
「落ち着いてソンメイ。まずジンジンに電話しましょう。一緒にいるかもしれないわ。確かめなきゃ」
ジェンナンはジンジンに電話した。ジンジンはお気楽で楽しそうな声だった。
「は?シュアン?来てないわよ。私達今は食べ終わっておしゃべりしてたとこなの。なんかあったの?」
「シュアンがあなたの所に行くって言ったまま帰ってこないのよ!ねぇ、そこからここに来るルート教えて!今からソンメイと探しに行くわ。そこにいるメンバーにも伝えて。見つけたらすぐ連絡して」
「わかった、私達も探しに行くね!シュアン・・まさか裏道を通ったんじゃ・・・」
電話を切った後ジンジンはみんなに説明して店を出た。シュアン・・・なにやってるのよ、もう!
その時シュアンは必死に抵抗していた。ただ咳ばかり出るのでだんだん体力がなくなってきた。
「キャハハ、疲れてるぜこの女。俺らに逆らうからだ。ほら、諦めてさっさと脱げよ!」
シュアンは逃げられないと絶望を感じた。もう髪も顔も格好も壊れた人形みたいになっていた。そして、力なく両手でゆっくりとボタンをはずし始めた・・・・。「・・・・ママ・・・・」
男がニヤけてナイフを捨てて見ていた。その時である・・・!
「キャア!びっくりしたー!」
走っていたジンジン達の前に急にネコが飛び出してきたのである。そして止まってしきりに鳴いた。
変に思ったジンジンが左を向くと、3人の人影が。空き家に近づく、壁によしかかってるのはシュアンだ!
「何してるのよ!やめなさい!」
その言葉と同時に鞄を投げつけた。見事に1人の男の顔にあたり、もう1人が驚いている所をリーチュンが鞄を振り回して叩いた。二人が顔を抑えてこっちを向いた時、バオとクンが二人の股間をけった。
痛くてもがく男達。シュアンは手を止めて半目で気が抜けたように立っていた。
「今がチャンス!逃げるよシュアン!」
ジンジンが手をつかんでみんなで走った。すると男達はナイフを持って追いかけてきた。
「チクショー待ちやがれ!」
「うわ、追いかけてきたよどうしよう!」
「この裏道抜けて明るい所へ・・・・あ!ジェンナン、ソンメイだ!二人ともこっち来ちゃダメー!」
ジンジンが叫ぶと二人は立ち止まった。よく見ると四人いる、あれは誰?そして追いつくと皆止まった。
「警察だ!おとなしくしなさい!」
後ろの二人は警察官だったのだ。男達はすぐ取り押さえられ、激しく抵抗したが警察のほうが強かった。
「万が一のことを考えて警察を呼んでおいたの。よかったわ間に合って」
ジェンナンがみんなに言う。警察に世間には内緒にして欲しいと頼んだ後男らを連行して行ってもらった。
7人だけになってすぐ、ソンメイがシュアンを抱きしめ、ボタンをしめてあげた。
「シュアン、大丈夫?恐かったでしょう?かわいそうに・・よく頑張ったね、えらかったね・・・」
そう言うとシュアンは我慢していたものが一気にこみ上げて、大声で泣き崩れた。体を震わせて・・・
みんなシュアンを囲んで頭をなでたり抱きしめたりして慰めた。こんなに泣くシュアンは初めて見た。
パシッ!・・・・・ソンメイがジンジンの頬を叩いた。みんなびっくりして振り返る。
「誰のせいでこんな事になったと思う?あなたのせいよ!あなたがシュアンを大切しないからよ!」
ソンメイは怒っていた。風邪をひいたシュアンのお世話を一番していたのは彼女だ、無理もない。
「シュアンはあなただけの友達じゃない!私達にとっても大事な友達なのよ!それなのに、それなのに!」
「もうやめなさいソンメイ。ジンジンを責めてもシュアンは喜ばないわ」
ジェンナンが興奮するソンメイを抑える。穏やかなソンメイの激怒した顔もみんな初めて見る。恐かった。
ジンジンは叩かれた頬を抑え黙っていた。シュアンの持っていた物が自分のお財布で、これを届けるために外に出たんだとわかると余計に罪悪感を感じた。すべて私が悪いんだ・・・・ごめん、シュアン・・・・
「とにかく今日はもう帰りましょう。ジンジン、シュアンを頼んだわよ」
「だめよ!もうジンジンになんて任せられないわ!シュアンは私の家に連れて帰ります」
「ソンメイ!気持ちはわかるけどジンジンだって子供じゃないわ。黙っているけど本当は罪悪感で泣きたいはずよ。シュアンの心の傷を癒すのは、親友と呼べる彼女のほうがいいの。そうでしょ?」
ジェンナンに心を見透かされたジンジンは黙って頷き、シュアンの手をひっぱり立ち上がらせた。
「帰ろう、ジュアン。今日は一緒に寝ようね」
腕を組んで歩く二人。みんな黙ってついて行き、シュアンが家の中に入っていくのを見送ると、それぞれ別れた。ソンメイは最後まで心配そうにしていた。ジェンナンがソンメイの肩を抱いて帰った。
「ソンメイ・・・・あなたもシュアンのことが好きなのね。よくわかったわ」
シュアンは着替えた後も元気がなかった。夕飯を食べていないがもう寝ることにした。
「シュアン、ごめんね。私のために・・・ごめんね・・・」
ベットの中でジンジンが涙声で言う。シュアンは少し安心した顔で「いいの」とだけ言った。
「こんな事になるなら遊びに行かなきゃよかった。ずっとシュアンのそばにいれば良かった。いつも・・・いつも・・・私の世話なんか無くても風邪は治していたから、今回も大丈夫だと思っていた・・・だから・・・」
ジンジンは泣いていた。悔やんでも悔やんでも戻ってくれない時間と、過去の自分を恨んで責めていた。
「おはよう!」
シュアンが笑顔で練習所に入ってきた。みんな少し戸惑ったがすぐに笑顔でおはようと言い返す。
「声出るようになったんだ。よかったね!それと・・・大丈夫かい?」
ジンが小声で聞く。みんな注目だった。昨日の事は全員聞いている。シュアンはニッコリして、
「ありがとう、まだ咳は出るけど声は出せるよ。私はもう大丈夫。これでも最近強くなってきたのよ!」
元気に答えるシュアンを見てみんなホッとした。ジンジンのおかげなのかもしれない。やっぱり彼女が1番の心の支えなのだろう。特別な癒し方があるのなら、それは二人だけの秘密の言葉・・・
「ねぇみんな、今回の1番の原因はなんだと思う?」
ジェンナンが、シュアンが薬を飲みに行ったのを見計らってみんなを集めて聞いた。全員首をかしげる。
「慣れよ、慣れ。相手がいることに慣れてしまっていたのよ。だから自分は何もしなくても、いつもそばにいるのもとだと安心していたのよ。これは友達でも、恋人でも、家族でも同じく言える事」
ジンジンは聞きながらある一点を見つめて考える。ジェンナンは続けた。
「人の心なんて読めないもの。いつ相手がいなくなるかもわからないのに安心しきって生活に慣れてしまうと、その人のいるありがたさや、嬉しさを忘れてしまうの。人は自分と同じ人間で心があるのにね。そして生と死は隣り合わせ。いつ最後を迎えるかなんて、自分も相手もわからないのよ。だから、常に周りの人やいつもそばにいる人に感謝して生きていましょうね。突然失って後悔しないように・・・。ね?」
ジェンナンの教えにみんな納得した。ジンジンは目を閉じて何か呟いた後、普通に揚琴の調整に入った。
「みんな集まって何話してるの?あ、ねぇソンメイ、聞いて!」
シュアンが突然入ってきたのでみんな焦ってコソコソと楽器調整に戻った。ソンメイが笑顔で何?と聞く。
「私を助けてくれたのは、ママなの!ママがネコになってジンジン達を呼んだんだって!信じてくれる?」
「もちろん!良かったね、シュアンはお母様に守られているのね。私も、シュアンを守ってあげるからね」
シュアンは照れてニタッと笑顔になる。あれ以来、シュアンとソンメイは前以上に大の仲良しになった。
あなたのそばに居る人を失う前に大切さに気付いて下さい。感謝を忘れちゃだめですよ。
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