今、十二楽坊は日本ツアー真っ最中!
よく晴れた空を見上げて、ジョウ・ジェンナンは深呼吸した。隣にいるソンメイが微笑む。
「日本は何回来ても飽きないわね。それに今回はどこに行っても晴れてるからよかったわ」
「そうね。まだ始まったばかりだけど、この先も全部晴れていたらいいのにね」
そんな会話をしながらホテルに入る。ずっと新幹線の中で寝ていたから頭がすっきりしていた。
荷物を置くとスタッフに呼ばれ広い部屋に全員集合した。この地での日程を聞くと次に、初日から最終公演までを雑誌に載せるために同行してる取材班が交代したので、新しいメンバーが紹介された。
「えー、こちらの都合で今日からは私達が皆さんを取材します。よろしくお願いします」
中国語で話すこの女性は茶髪でショートヘアでちょっと口紅が濃い。取材班のリーダーだという。
ミーティングが終わってみんな部屋に戻ろうとした時、その女性はジェンナンの所にやってきた。
「ジェンナン!私よ、えみこよ。わからない?前に1度会ったじゃない」
「えっ、えみこさん?・・・・あ!昔日本に来た時に紹介で会ったあのえみこさん?わぁ!」
「そうよ!思い出してくれたのね!久しぶりね、もう4年くらい前だものね」
ジェンナンには中国に住んでいる日本人の友達がいる。十二楽坊が結成して間も無い頃、その友達に連れられて1度日本に行ったことがある。その時友達だと紹介されたのが彼女だったのだ。
「わからなかったわー。だってあの頃はあなた黒髪にロングヘアーだったから。変わったわね」
「あなたのほうこそ、有名人になったらずいぶん綺麗になったじゃない。同い年とは思えないわ」
過去に1度会っただけなのに長年の友達のような感覚だった。彼女は中国留学経験もあるから、初めて会った時からとても気が合いすぐ打ち解けた。二人は部屋に行きこれまでのお互いの話をした。
「でもすごいわね、十二楽坊。中国でも日本でもアメリカでも人気だなんて・・・音楽家は楽そうね」
「そんな、けっこう大変よ。睡眠時間は少ないし。あなたはどうなの?リーダーなんてすごいじゃない」
「フン、大変よ。上司には怒られるし部下は役に立たないし。それが無いあなたが羨ましいわ!」
少しトゲのある言い方が気になったが、仕事のストレスが溜まってるんだと思い、言い返さなかった。
次の日。今日は夜の公演だけなので昼間はみんなで買い物に出ることにした。
「もう!バオとビンチュイ遅いわね。みんなとっくにロビーに集合してるのに」
「今電話したら、もうちょっとですって。仕方ないわ、みんな先に行ってて。私とソンメイだけで待ってるわ」
わかったと言って他のメンバーは出かけて行った。ジェンナンはソンメイとおしゃべりして待っていた。
「ごめーん!遅くなっちゃって!あれ、みんなは?」
「二人があんまり遅いから先に行っちゃったわよ。さぁ、揃ったことだし行きましょうか」
「うん。ごめんね、お詫びにお茶おごろうか。・・・あれ、ビンチュイ、さっき持ってもらった私のかばんは?」
「え!あれ持ってくるんだったの?置いてきちゃったわよ。だってこれ持ってるじゃない」
「エー・・・ポシェットは2つ持っていくのが最近のオシャレなのにぃ。取ってくるわ」
「私が行くわ、置いた場所わかるし。待ってて」
「じゃあビンチュイ、悪いんだけど私のお財布も持ってきて。今確認してみたら忘れてきた事に気付いた」
微笑んでビンチュイが戻る。お財布は黒いボストンバックに入ってると言っていた。各部屋掃除中なので、荷物は1つの部屋にまとまっている。でも楽坊の荷物とスタッフの荷物は分けられて置いてあった。
「バオのはこれね。えっと・・・ジェンナンの黒いバックは・・・これね。開けてすぐお財布発見、よしっと」
ビンチュイが3人の所に戻り渡すと、バオは喜んだがジェンナンは固まった。
「これ・・・私のじゃないわよ。誰のと間違ったの?」
「えっ、そんな!だって大きい黒いバックはそれしかなかったわよ」
ビンチュイとジェンナンは急いで部屋に戻った。かばんの置き部屋に入ると、そこにはえみこがいた。
「面白いことしてくれるわねぇー!十二楽坊って。まさか人のお財布を盗むなんてね!」
「違います!私バックを間違えたんです。ごめんなさい、お返しします。中は開けてません」
「フン、信用できないわ。有名になるとお金好きになるから怖いわね。これ記事のいいネタになるわ!」
「やめて!お願いよ信じて。この子は本当に間違えただけなのよ。私からも謝るわ、ごめんなさい」
「フフ、だったらジェンナン、あなたが責任取ってよね。私の要求に答えられたら世間に黙っといてあげる」
「私の要求は簡単よ。1日の公演の中で、どこか1回ミスをしてよ。演奏をね」
ジェンナンは青ざめた。完璧主義の彼女にとって、ワザと失敗なんて考えられなかった。絶対嫌だ。
「何よ、出来ないって言うの?犯罪を黙ってあげるって言ってるのよ!これくらいなのをありがたく思ってよね。もしあなたが嫌ならこの子でもいいわよ。自業自得ってことだしね・・・」
「それはだめ!ビンチュイは私の妹みたいな子なの。そんな事させないわ。私がやります」
「フッ、素敵なグループ愛だこと。いいわ、ジェンナンこれからずっとあなたを見てるわね。フフ・・・」
えみこは笑いながら部屋を出た。ビンチュイは泣きそうな顔をしてジェンナンを見た。
「どうしよう・・・ごめんなさいジェンナン。私のせいで・・・!」
「いいのよ。何も心配しなくていいわ、これはもう私と彼女の駆け引きだから」
ロビーに戻った二人は何も言わなかった。みんなに話せばえみこは怒り、この事を記事にするだろう。
「どうしたの?ずいぶん遅かったじゃない」
「ちょっとバックが見つからなかっただけよ。さぁ行きましょうか」
夜になり、公演開始の10分前。ジェンナンは考えていた。どこの部分をミスればいいのだろう・・・
古筝ソロの部分は当然嫌だ。全楽器音が出でる部分だって、古筝の音は大切だ。つまり、無いのだ。
「ワザと失敗だなんて・・・音楽家のすることじゃない。聞いてくれる皆さんを侮辱する事になる・・」
苦悩すればするほど頭が痛くなる。メンバーは何も知らずおしゃべりし、えみこは横目でニヤけてた。
そしてコンサート開始。満員の客席をみて嬉しく思いながらも、申し訳ない気持ちだった。
1曲1曲順調に進み、自己紹介も笑顔でして、とうとう残りあと数曲となった。もうやらなきゃ・・・
ジェンナンは覚悟を決め、古筝を弾いてる途中、1箇所だけ音をずらして弾いた。簡単に言えば、『ド』を『レ』にして弾いたのだ。一般の人にはわからないが、注意して聞いてる人にはわかるだろう。
「そうよ、ジェンナン。世の中にはね、やりたくなくてもやらなきゃいけない事がたくさんあるのよ」
演奏を聴きながらえみこは呟いた。ジェンナンは悔しさで胸が一杯だった。ごめんなさい、みんな・・・
公演は盛大な拍手で幕を閉じた。みんな心からの笑顔なのに、ジェンナンだけは憂鬱な笑顔だった。
「ジェンナン、どうした?あの部分で間違うなんてお前らしくもない」
梁剣峰先生に聞かれたが事情が話せないので、「すいません」と謝っただけで控え室に戻った。今日の握手会のメンバーが自分じゃなくてよかった、頭が痛い。こんな顔ファンのみんなに見られたくない。
「ジェンナン大丈夫?なんか今日変だよ。風邪ひいたの?」
バオに聞かれたが微笑んで首を振った。見ていたビンチュイが話題をふってバオを離させる。ごめん・・・
すべてが終わりホテルに戻った。ジェンナンは暗い気分を晴らそうと外に出る途中、えみこに会った。
「お疲れ様。できるじゃない!ハハ。楽しかったわ。明日もやるのよ、今度はもっとわかりやすい部分で」
「・・・・私の失敗は、見てて楽しいものなのかしら・・・?」
「・・楽しいわ!やりたくない事を強制させられて苦悩する姿。有名な十二楽坊のリーダーを自分の思い通りに動かしてるんですもの、楽しいわ。上から見下された気分はどう?これが世の中なのよ!」
私はリーダーじゃない、でも今それを言う気になれなかった。えみこは興奮気味に言い捨てると去った。
「ジェンナン。なんなの今の会話は?」
ビックリして後ろを振り返るとユエンがいた。いつから?と聞くような顔をするとユエンは始めからと言った。
「聞いたのね?お願い誰にも言わないで!お願いよ!これは私とあの人だけの問題なのよお願い!」
ジェンナンは震えながらユエンに近づきひざまついた。その姿にユエンは驚いて一緒にしゃがんだ。
「世間に知られたら楽坊はやっていけなくなるわ。お願いよ、聞かなかったことにして頂戴。お願い」
「わかった、誰にも言わないわ。立って。何の事だかわからないけど、道徳に外れた事じゃないよね?」
ジェンナンは何も言えなかった。ユエンはまじめだから、話せば絶対駆け引きを反対するだろうと思った。
「お帰り。ジェンナン、具合悪いんでしょ?もう寝たほうがいいわ。あ、お薬もらったから飲んで」
同室のソンメイが優しく迎えてくれた。お水や着替えを持ってきてくれる彼女には悩みを話そうと思った。
「ソンメイ。私風邪じゃないの・・・・・あのね、私ね・・・・・」
隣で真剣に話を聞こうとするソンメイを見てジェンナンは口ごもった。話せばきっとソンメイは、自分が代わりにやると言うでしょう。嫌だ。大好きなソンメイを悩ませたくない。私1人が我慢すればいいのよ・・・
朝、眩しい日差しで目が覚めた。まだ頭が痛い。隣のソンメイも起きた。
「おはよう。今日も晴れてるね、具合大丈夫?」
あの後結局ソンメイには話さなかった。でもソンメイは追究せず、ただ微笑んで添い寝してくれた。
頭痛がやまないので昨日もらった風邪薬を飲んだ。風邪ではないが鎮痛効果は入ってるだろう。
今日の公演は昼と夜の2回。やろう、やるしかない。楽坊の名誉を守れるのは今は私しかいない!
昼の公演が始まった。昨日と同じく満員で、知ってる顔のファンもいる。ありがとうごめんね、みんな。
そしてまた1箇所、ワザとミスをした。命令通り、一般が聞いてもわかる部分で・・・。リーチュンのソロ舞台の時、王さんに注意された。下を向いて謝るしかなかった。多分、この先ずっと怒られるだろう・・・。
今日の帰りの握手会は自分だった。たくさんの人に「頑張って下さい!」と言われすごく嬉しかった。
でも何か視線を感じる。チラッと顔を上げるとえみこがにらんでいた。すぐ視線をそらし握手に集中する。
「ねぇ夜の公演では、好きな人がいるってMCの時言ってよ。ファンをがっかりさせてみて。いいわね」
すごく困ってどう言うかしばらく考えた。言いたくない!仕方なく、夜の公演の自己紹介でこう言った。
「この前お酒が飲める人を好きになりました。酒豪で素敵と思ったのですが、残念ながら女性でした」
客席から笑いが起こった。メンバーも笑ったが内心変に思った。ジェンナンはこんな話をする人じゃない。
公演も握手会も終わって着替えの時、メンバーのほとんどがジェンナンのところに寄ってきた。
「ジェンナンどうしたの?おかしいよ最近!演奏はミスるし、トークはらしくない事言うし。何かあった?」
クンが心配そうに言ったが、ジェンナンは黙っていた。ビンチュイは後ろの方でうつむいていた。ユエンが、
「ジェンナンは今何か悩みがあるのよ。でも自分で解決したいみたいだからそっとしときましょうよ」
と気を利かせてジェンナンの代弁をした。みんな納得いかない顔で黙り離れる。ソンメイは呟いた。
「ジェンナン・・・ユエンには相談したんだ。・・・・・そっか・・・・」
また薬を飲んだ。『私は悪い事をしている』・・・・この事実に心が耐えられなかった。
ベットに入っても眠れない。ご飯もあまり食べてないがお腹が空かない。でも体は疲れていた。
右横を向いて寝ていると、一緒に寝てたソンメイが後ろから抱きしめてくれた。その優しさに癒される。
「話してくれる時を待ってるね。私にはこれくらいのことしかできないけど・・・ずっと支えてあげるわね」
ジェンナンは声を殺して泣いた。ソンメイ・・私が私じゃなくなっても、この人がそばにいますように・・・
それから数日経ち、3月の下旬、日本全国暖かくなってきた。
ジェンナンは変わらず、えみこの命令を実行している。演奏をミスる、トークをそっけなくする・・・公演以外でも1日特定のメンバー以外とは口をきかない、ご飯を食べるのを禁止など毎日命令された。
ジェンナンは目の下のクマがとれなかったり、化粧のノリが悪くなったり、眠れなかったり、痩せたりと、体は悲鳴をあげ始めた。そして薬を飲むことが多くなった。こんなはずじゃなかった・・・もう、イヤよ・・・
とある地方に着きホテルに入るとすぐ、ジェンナンは吐き気が止まらず部屋にこもった。
「ここ良いホテルだね。あれ、ジェンナンは?」
「具合が悪くなって部屋から出られないんだって。ソンメイが看病してるわ」
「ジェンナン・・・なんだか日増しにひどくなってる気がしない?最近あまり話してこないし」
ティンがみんなの前で言う。全員うなずく。ここにはえみこ以外の取材人2人と通訳さんもいた。
「なんとか元気になってもらいたいわ。私達で何かしてあげましょうよ!ね!・・・ジンどうしたの?」
「うん・・実はさ、さっきバス降りるときジェンナンが落っこしとていったの拾ったの。これを・・・・」
ジンがみんなに見せたのは、1つの薬だった。これを見て取材人の女性がハッとした顔で言った。
「これ・・・精神安定剤ですよ!私昔飲んでいた時期があるからわかるんです!」
みんなが驚いて声がでない。ジェンナンの病は重い心の病なの?ユエンはもうダメだと思って口を開く。
「実は・・・こないだ病院行ったのよ。ジェンナンは。通訳さんと一緒に。私が勧めたの」
「どういう事?ユエンなにか知ってるの?」
「私も詳しいことは知らないわ。ただ、ジェンナンがある人に脅されて精神が弱ってるのは事実よ」
その途端、ドンいう音がし振り返ると、ビンチュイがひざを落としていた。そして横にあるイスによしかかろうとしたがそのイスは固定されておらず横にずれ、ビンチュイはそのまま横に倒れた。
「ビンチュイ!!どうしたの?大丈夫?具合悪いの?」
バオが上体を起こしてあげると、ビンチュイは今にも気を失いそうな顔で弱弱しく言った。
「そんなにひどかったなんて・・・・ごめんなさい・・・私の・・・・せいで・・・・・・」
「えっ?なになに?あなたジェンナンと何か関わりがあるの?言って!」
イエンが聞くとビンチュイは床にベッタリ座ったまま、あの出来事を話し始めた・・・・。
ジェンナンは部屋でベットに横たわりながら、ソンメイと話していた。吐き気は治まっていた。
「ねぇソンメイ・・・もし私が楽坊からいなくなっても、友達でいてくれる?」
横で看病していたソンメイは変な質問と思いながらも、にっこり微笑んで答えた。
「もちろん。たとえ離れ離れになっても、ずっと友達よ」
「じゃあ、私という人間の人格が変わってしまっても?」
「ええ!たとえどんな人になったって、ジェンナンはジェンナンだと思ってるわ」
即答だったこと泣きたくなった。私がこんなに弱いことを言っても、理由も聞かずに答えてくれる。優しさって何でも話しを聞いてくれるだけじゃないと思った。何も知らなくても、そばにいてくれるのも優しさなんだ。
「私・・・このツアーが終わったら、音楽家をやめるかも・・・もう、疲れたわ・・・・」
ジェンナンが天井を見つめてボソッと言う。ソンメイは泣きたい気持ちを抑えて手をとった。
「・・・・あなたが好きよ。元気になったら、話しましょうね」
その頃、メンバーのいる部屋は大荒れだった。みんな怒り狂っていた。
午後になり、みんなで昼食をとっていた。でもジェンナンとソンメイだけは来なかった。
スタッフも全員いたので当然えみこもいた。さっきの話を聞いて、部下は誰も彼女に話しかけなかった。
今日の公演は夜だけだ。だから夕方のリハーサルまでの時間は取材するに丁度いい時間だった。
「リーダー!王さんのインタビュー終わりました。次は・・・イタタ・・・実はさっきの昼食でお茶飲みすぎちゃって・・・お腹が・・・。すいません、私のバックに薬入ってるんで取って来ます」
「もう!無理しないで座ってなさい。私が取ってくるわよ、どんなバックだっけ?」
「茶色のボストンバックです。すいません」
えみこは取材班の荷物置き部屋に入り、茶色のバックを開けた。玉錠の薬をすぐ見つけ立ち上がる。
「何してるんですか?それ私のバックですよ」
ドアの前でシュアンが腕を組んで言う。えみこは「えっ?」っとバックを見直すが、茶色はこれしかない。
「ほんとに私のよ。調べていいですよ、中国のお守りが入ってるから。持ってるその薬は風邪薬よ」
「どうしてあなたのバックがここにあるのよ?ここは取材班の荷物置き場なのよ」
「そうね、おかしいわよねー。ちゃんと分けられて置いてるはずなのにね。あの日もね!」
ジンジンが入って来て言う。えみこはハッとした。そしてメンバーが次々部屋に入ってきた。
「私達が出かける準備をしていた時、もうすでにバックは仲間ごとに分けられていた」と、クン。
「なのにビンチュイが忘れ物を取りに来たら、バックをあなたのと間違えた」と、リーチュン。
「おかしいわね!私達の荷物が左隅にあったとしたら、あなたの荷物は右隅にあるのに」と、レイ。
「同じ色のバックなことを利用して、自分のバックを開けさせるよう仕向けたのね!」と、ジン。
「部屋に誰もいないスキにジェンナンのバックと自分のバックを摩り替えたんでしょ!」と、バオ。
「あなたは被害者のフリして怒ったけど、本当は全部計算だったのね!」と、イエン。
「どうなのよ!え!?私達なにか間違ったこと言ってる?」と、ティン。
えみこは舌打ちをしたが焦った顔になっていた。全部その通りなのだ。まさかワナを見破られるとは・・・
「その通りよ、ごめんなさい」
「その程度じゃ許さないわ。まずは、ジェンナンにすべてを話して謝るのよ。行きましょ」と、ユエン。
楽坊のみんなに連行されて部屋を出ると、部下の2人と通訳さんに軽蔑した目で見られた。
「私達、あなたのこと見そこないました」
言われても仕方ない。でもね、あなた達だっていずれはわかるものよ。魔がさす時の気持ちをね。
「一体なんなの?なにかあった?」
ジェンナンがソンメイに体を起こされながら聞く。体力がないのでベットからは出なかった。シュアンが言う
「ジェンナン、この人はジェンナンとビンチュイを騙してたのよ!あなたのバックと自分のバックをすり替えてたんだから!つまりビンチュイはお財布を間違えて当然だったのよ!あなたは遊ばれてただけなのよ!」
その言葉にジェンナンは戸惑った。何?本当なの?じゃあ何の為に私はあんな事を・・・そんな・・・
「だからジェンナン。もうつらい思いをしなくていいのよ。守るものなんてないのよ」
ユエンが近づいてきて言う。みんなも頷いた。ソンメイがジェンナンを見ると、彼女は涙を流していた。
「・・・私・・・今までなんのために・・・・大事な人達に・・・うそついてきたのかしら・・・何のために・・・」
ジェンナンは叫ぶ事なく、暴れる事なく、ただ静かに泣いていた。片手で涙をぬぐう姿はとても美しかった。
「ごめんね、ジェンナン。ちょっとしたイタズラがいきすぎたわね。もう今後はしないわ。これでいい?」
えみこのそっけない謝り方に全員がキレかけた。みんなでにらむとジンジンが代表して言った。
「あなた何言ってるの」
「え?なによ」
「この事はあなたの会社に報告します。そして今までの取材は全部白紙にしてもらいます!今後一切あなたの会社からの取材は受けないわ。雑誌出版の契約は破棄します!いいわね!」
えみこは顔が真っ青になった。『契約破棄』という言葉は彼女にとってはナイフのようなものなのである。
「やめて・・・ください。お願いします、それだけはやめて下さい!お願いします!お願いします!!」
えみこは急に土下座し始めた。そして「ごめんなさい!ごめんなさい!」と何度も繰り返して言う・・・
「もうやめて」そう言ったのはジェンナンだった。もっと謝らせたかったが、彼女が止めるなら仕方ない。
「どうして・・・あなたが・・・こんな事を・・・」
ジェンナンの問いにえみこは黙った。まだ土下座の姿勢のままである。バオが代わりに答えた。
「ジェンナンが嫌いだったからに決まってるじゃない」
「違う!!」
えみことジェンナンは同時に叫んだ。えみこは顔をあげ、ジェンナンは髪をかき上げて見つめた。
「私が昔あげたお守り、まだポーチに付けてるのが見えたの。それが嬉しくて・・あなたを疑わなかった」
えみこは目を見開いて驚くと、再びうつむいて理由を話し始めた。
「私は昔から仕事人間なの。編集長になりたいために友達や恋人を作らず頑張ってきた。そして十数年たってようやくその座を掴んだ。なのにその直後よ!突然現れた社長の娘に地位を奪われたのよ!理由もなくワガママで。反発すると移動命令が出された。バイトがする仕事の部屋に!」
つまり、10年以上頑張ってやっと掴んだ夢を、あっさり奪われて下に蹴落とされたのだ。
「この取材だって私の仕事じゃなかった。リーダー部から外される2日前に、担当のリーダーが風邪をひいたので私が代理で来ただけよ。その人が治れば交代だもの。私は穴埋め扱いよ!チクショウ!」
ドン!と床を叩いた。キャリアのある人間が奈落の底へ落ちた。この気持ちは誰も理解できなかった。
「ここに来る前に資料で楽坊の出た番組を見たの。世間の汚さなんか全く知らないという感じで、仲間とおいしい物食べて優雅に演奏して・・・笑ってるだけでお金がもらえる事に腹立たしくなったのよ」
そしてそのねたみの気持ちが、知り合いで同い年であるジェンナンに向けられたのである。
「偶然ジェンナンがお財布を忘れるとこを見たの。その瞬間魔がさして・・・取りにきたのが別の人だったのは誤算だったけど、ジェンナンが気づかず謝ってきたのを見ていけると思ったわ。そしてこうなった・・」
話は終わった。みんな少しえみこを可哀想に思ったが、やはり仲間を傷つけた悪い人に間違いはない。
「どんな理由があっても、あなたは人を精神的に思いつめた罪があるわ。訴えますからね」
「イエン待って。私が決めるわ。・・・えみこ・・・私達、友達になれなかったわね・・・」
ジェンナンはえみこを訴えることはしないと言った。でもみんなが反対する。するとこう言った。
「今後のあなたの罪のつぐない方によって決めます。私と同じ苦しみを味わってくれたら、もう・・・」
次の日、元々担当だったリーダーさんが合流し、えみこは帰って行った。住所などの連絡先を残して。逃げないようにと言われたがえみこにはそんな気力はもう無かった。ジェンナンには会わずに行った。
その3日後、えみこは会社を辞めた。罪をつぐなう1つである。自分を嫌ってた社長の娘には高笑いされ、周りの同僚達にもクスクス笑われた。どれだけ自分は皆に嫌われていたのかがはっきりわかった。
30代の独身女性が、全くなんのアテもなく仕事をやめるのは、相当な覚悟がないと出来ない事だ。
えみこには両親がいない、恋人もいない、友達は1人だけいたがこの事で縁が切れただろう。完全に孤独だった。仕事だけが生きがいだったが、もうその仕事もない。未来は閉ざされたのだ。
「ジェンナン・・・・これが私の罪のつぐない方よ」
たどり着いたのは大きな川だった。荷物の入ったダンボールを持ちながらえみこは思った。ここの深さなら失敗せず、逝けるだろう・・・。私にはもう、道がない。地獄に落ちに行こう。荷物を置き靴を脱いだ・・
「えみこさん!ちょっと」
ビックリして振り返るとあの取材班の部下の1人だった。彼女はえみこの姿を見てしかめっ面で話した。
「楽坊さん達に会社を辞めたこと伝えときますね。あと・・・・ジェンナンさんからの伝言があります」
「・・・・一生許さないとか・・・・やっぱり訴える・・・とか、なんでしょ・・?」
「・・・・・”死なないで”、だそうです」
一瞬風がやんだ。部下はそれだけ言うとすぐ行ってしまった。1人になるとえみこは大声で泣き崩れた。
「なんで、なんで止めるのよー!!ジェンナン、ジェンナン!ジェンナン!・・あぁ・・ごめんねぇ・・・」
もう逝けなかった。遠く離れて見えないはずなのに、心を読まれていた。さっきの部下は私の行動を見ても何も言わなかった。なのにジェンナンは止めた。ひどく傷つけたのにジェンナンだけが止めてくれた。
ーー友達になりたかったーー何もしなければ良かった。自分が何もしなければ、彼女はきっと『友達』という名札をつけてくれただろう。どんなに落ちぶれても、ずっと友達でいてくれただろう。・・バカな事をした!
結局、えみこに残ったものは、『永遠の後悔』だけだった。神か仏が許してくれるその日まで、彼女はずっと天涯孤独の世界を生き苦しむことになる。自分で作ってしまった、暗い1人ぼっちの世界・・・
「ジェンナン!夜の公演まで時間あるから、私と一緒に遊びに行こうよ!」
「あー!独り占めなんてずるい、私も一緒に行きたぁい。ジェンナンいいでしょ?」
すると私も、私もとみんな口々に言いだすので、ジェンナンは嬉しそうにイスから立ち上がる。
「はいはい、わかったわ。みんなで行きましょうね。どこに行く?」
「ジェンナンと一緒ならどこでもいいよ!」
ティンが笑顔で言う。みんなも笑顔でうなずいた。それを見てジェンナンはにっこり微笑んだ。
あの人が帰ってから、もう一週間がたっていた。
えみこのその後は取材班の人から聞いた。会社を辞めた事、1人で川原で大泣きしてた事などを。
「そうですか・・・伝言を頼んで良かった。やはりね、あの人のことだから思い詰めると思ったわ」
ジェンナンは、すべてを失ったら人はどんな行動にでるかわかっていたのだ。なにもそこまでして欲しくない。
これでおあいこになった。自分と同じ苦しみを味わったのならもういい。悔しさは消えた。これで終わりよ。
メンバーに、本当にもういいの?と聞かれたが、ジェンナンは窓の外を眺めながら答えた。
「いいのよ。私は彼女を恨んで生きるつもりはないわ。それに私は数日の苦しみだったけど、彼女はこれから数年の苦しみよ。その方がかわいそうだわ。だから、もう許すの。それにね、私には支えてくれる仲間がこんなにたくさんいるのだもの。おかげで恨みも悲しみも消えてきてるわ、ありがとう」
確かにジェンナンの回復は早かった。みんなが毎日ジェンナンのそばについたり、話しかけたりして元気づけていたから。みんな優しかった、えみこの話は一切しないでいた。早く忘れさせたいから・・・
ただ薬を飲みたがることはまだ続いていた。でも安定剤はソンメイに持たせている。飲みたくなっても彼女の許可をとらなければならない。簡単には飲ませてくれない。だからジェンナンは頑張っていた。
「ソンメイはお母さんみたいで頼もしいわ。わかったわ、我慢するから向こうまで一緒に走ろう!ほら!」
と手をグイグイひっぱる。こうジェンナンにリードされる事が、ソンメイには心地いい事だった。
こんな風にお互いを精神的に支え合う二人は、誰にも切れない固い絆で結ばれていた。
「やっとわかった気がする」
ジェンナンがボソッと言った。聞いてたソンメイは立ち上がり、みんなの方を向いて「シーッ」と人差し指を立てた。公演前の待ち時間。まだ1時間近くあるので、楽屋でそれぞれ練習していた時だった。
「ごめん止めちゃって。私ねあれからずっと考えてたんだけど、えみこの気持ちは普通なのかもしれない」
「どういうこと?ジェンナン」
「うん・・今世の中って病んでるじゃない。私達は頑張って成功できたけど、どんなに頑張っても報われない人も大勢いる。夢を捨てて生きてる人もいる。そんな人が幸せな日々を送ってる私達をうらやんでねたむのは当然なんだわ。その気持ちを行動に表さないだけで、笑顔で憎んでる人もいるのかも」
みんな困った顔をして黙った。そうかもしれないけど、ねたまれたって私達は楽坊をやめる気はない。
「だからね、私達でその人達の気を静めてあげましょう!私悔しい日々を、楽坊の音楽を聞いていたから乗り切れたと思うの。やっぱり音楽の力はすごいわ。だからただ、疲れを癒しますってだけではなく、怒る心やねたむ心、悲しい心やむなしい心、それらまで溶かしてあげたいの。楽坊の音楽で」
「そうね・・・私達のことを何にも知らないで、音楽だけを目的に聞きにきてる人もたくさんいるものね」
「ファンのみんなに頑張れって言われるけど、私達が皆さんに頑張れって言う側になろうって事ね!」
「そう、私達の夢は世界進出だけじゃない。1人でも多くの人の心を安らげる事、そうだよね?」
「ええ。音楽を聞いても癒されないっていう人でさえ、安らいでしまうくらい心のこもった音楽を奏でましょう」
みんなの気持ちが再び1つになった。楽坊の夢を追う信念がよりいっそう強いものになった。
「どんなに叩かれてもねたまれても、おびえないわ。精一杯世の中の人を応援しましょう!」
そしてその日の公演はいつも以上にすばらしい出来だった。ジェンナンは思いを込めて美しく演奏した。
ジェンナンは今回の事を、えみこと共通の友達には言わない事にした。言えばきっと、えみこと縁を切ると言うだろう。そこまで落とすのは気がひけた。だからえみこの唯一の明るい光だけは残してあげた。
日本ツアー中の出来事、苦しかったけど社会勉強にもなった。そしてメンバーの友情を再確認した。
まだ半分、つらい経験をして学んだ事、理解して思った自分の気持ちを、音楽に乗せて送りたい。
もし心が疲れてしまったその時は、私達の音楽を目をつぶって聞いてみてください・・・
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