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孫媛2:13人の「時にはこんな日々」by りょう


しとしと降る雨の日だった。

日本ツアーも終わり、その後すぐの東南アジアでの公演も終わり、久々にもらったお休みだった。

スン・イエン(ユエン)は歩いていた。薄ピンク色の傘をさしながら雨の中を散歩していた。本当は友達と遊びに行く予定だったが、その子が風邪をひいてしまったので変更して1人でお寺参りをしていたのだ。

いろいろ回って雨もだいぶやんできた頃、ユエンはあまり大きくないあるお寺の裏山を歩いていた。

山といっても大きなものではない。車は通れないし奥は畑ばかりだ。でもそこから見る景色は美しいもので、散歩やハイキングには丁度いい所だった。ユエンは左側を景色とした方向で山道を歩いていた。

「ここは初めて歩いたけどいい所だわ。今日が晴れていたらよかったのに・・・あら?何してるのかしら?」

目線の向こうに女の子が1人、景色を見ながら椅子に座っていた。近づいて見ると少女は絵を描いていた。傘を1つしか持っていなかったのか、画板のほうに傘をあて、自分は雨に濡れたまま描いていた。

ユエンはかわいそうに思い、そっと少女を傘にいれてあげた。少女は驚いて振り返る。ユエンは微笑んだ。

「風邪ひいちゃうわよ。傘貸してあげる。絵を描いてるのね、とっても上手よ!」

「あ、ありがとうございます。でもいいですよ、あなたが雨に濡れてしまいますから。私は大丈夫です」

「いいのよ。雨もさっきより静かになってきたしそろそろ止みそうだから。ずっとここで描いてたの?」

少女は「はい」と答えた。少女は黒髪が長くて童顔、色が白いので中国人というより日本人ぽいような感じだった。長時間ここにいたのだろう、服も髪もずぶ濡れだ。なのに平然とした顔でユエンを見てる。

「いつもここにいるのかしら?私は今日初めて通ったんだけど」

「私はいますよいつも。絵を描く事が好きなんです・・・ウッ、ゴホゴホ」

「あ、大丈夫!やっぱり風邪ひいたんじゃない?描くのは明日にしたら?家まで送ってあげるわよ」

「ほんと大丈夫です、いつもの事なんで。それに私の家はすぐそこです。ここから見えるあのお寺ですよ」

指差したのはさっき行った小さなお寺だった。近いのならなおさら送ってあげたくなり再度申し込んだ。

「ありがとうございます。じゃあ傘のお礼しますんで来て下さい。こっちに隠し階段があるんです」

そう言って立ち上がり道具を片付ける少女を見てユエンは驚いた。少女の体はひどくやせ細っていた・・

少女がガサガサ大きな葉っぱをかき分けると階段があった。でも土でできた手作りの階段だった。

「1人用なんで後ろをついて来てください。すごく急なんで転ばないように気を付けて」

本当に急なのでユエンは1歩1歩慎重に降りたが、少女は慣れているのかトントン早く降りて行った。

降り終わってお寺の庭につくと、左から男の人が駆け寄ってきた。

「ナンリー!だめじゃないか、ちゃんと寝てなきゃ。心配したんだぞ!」

「もううるさいなぁ、お兄ちゃんは。それよりお客さんよ」

「えっ、あ、これは失礼。どうぞあがってください」

「いえ、私はこの子を送っただけですので。じゃあこれで・・・」

「待って!あの・・・お名前教えてください!私はジャン・ナンリーです。こちらはお兄ちゃんのシンスー」

「私はスンイエンです。今後またあの道を通ると思います。あなたの風邪が治ったらまたお話しようね」

そう言ってユエンは帰った。気がつけば雨はやんでいた。休日の素敵な出会いを心から嬉しく思っていた。

「・・・あの人どっかで見た事あるような・・・。ナンリー、まだ言っていないのか?」

「言ってないよ、言わないもん。友達になるまでは・・・」

 その夜はイエンとジェンナンにご飯に誘われた。今日の事を話すと二人とも喜んでくれた。

「そっかーよかったね。何歳なの?ユエンがお姉ちゃんか」

「あ、まだ聞いてなかったわ。明日また会ってみる」

「2連休だものね。仲良くなるのはいいけど、自分の仕事は忙しいってちゃんと伝えておきなさいよ」

そう、楽坊の仕事は忙しい。夜会えるならまだいいが、相手は少女だから時間の制限がある・・・。

 翌日の午前、ユエンはあの山に行った。お寺の裏の部分に着くとナンリーがいた。昨日と同じ所に。

「おはよう。風邪はもう治ったのかしら?」

「ユエンさん!おはよう!・・・・ございます」

「いいのよ、友達のようにしゃべって。絵の邪魔にならなければお話しましょうか」

ナンリーは笑顔で大きくうなずいた。かわいいがやっぱり顔もやせている。

「・・・・でね、お兄ちゃんったら私がどこか行くのに必ずついてくるの。ほんと心配性だから困っちゃうよ。この前トイレに行くにもついてきたから怒っちゃった!キャハハ、面白いでしょ。でも優しいんだぁ」

ナンリーがさもおかしそうに笑う。わざわざ持ってきた敷物に座っておしゃべりしていた。聞くとナンリーは11歳だと言う。そう見えないほど背が小さい。だが話し方と表情は時々大人っぽかった。

「ねっ、ユエンさん遊ぼう!追いかけっこしようよ、ジャンケン、ジャンケン!」

そして立ち上がり2人で山道をかけ回った。ナンリーはアハハと大口をあけて笑い本当に楽しそうだった。

「ハァハァ・・・ちょっと休憩。汗かいちゃった、運動不足だわ。あれ・・・ナンリーちゃん大丈夫?」

見るとナンリーは後ろを向いて咳をしている。苦しそうなので近づくと彼女は急に咳こみをやめて振り返る。

「大丈夫、いつものことだから。ねぇ、ユエンさん笛持ってるんでしょ?なにか吹いてみて!」

「いいわよ、じゃあ座って。なにがいいかな?十二楽坊の曲がいい?」

「十二楽坊ってなあに?」

「グループ名よ。テレビで見たこととか、お友達から聞いたことない?」

「テレビ見ないし・・・友達いないから・・・」

「あ、ごめんね!あのね楽器演奏グループなの。女の子13人が二胡や琵琶や笛を演奏するの。人気あるのよ、中国だけでなく日本やアメリカでも活躍してるの。ナンリーちゃん今度コンサートに招待するわ」

「へぇ、すごいんだユエンさんって。私外国行ったことないよ、行ってみたいなぁ、ユエンさんと一緒に!」

「フフ、いいわよ。いつか一緒に行きましょうね。連れてってあげる」

「わぁい!絶対だよ!約束ね!」

2人で約束の握手をした。ナンリーの手は細くて骨っぽく折れそうで・・・ユエンは心配になった。

 しばらくしてお昼になり、ユエンはナンリーの家でご飯をごちそうになった。2人で食べ終わって出る時、ユエンは兄のシンスーに呼び止められた。そして両手を握られ涙ながらに頭を下げて言われた。

「ナンリーを、妹を、どうかよろしくお願いします!お願いします!仲良くしてやってください・・!」

はい、と答えたもののよくわからなかった。それに私のお休みは今日まで、明日から仕事が始まる・・・。

「今日は楽しかった!ありがとうユエンさん、明日も来てくれるんでしょう?」

1日いっぱい遊んで夜になり、帰る時間にナンリーが聞いてきた。ユエンはちょっと返事に困った。

「あの、ごめんね。明日はお仕事なの、あさっても。だから会うのは3日後・・・ひょっとしたら4日後・・」

「そんなのイヤ!毎日会いたい!ねーお願いユエンさん!」

「ごめん、本当にごめん。なんとか会いに行くから、3日後にここで待ってて。ね、いい子だからきいてね」

ナンリーが泣きそうな顔でうなずいた。ユエンは頭をなでてあげた。必ず会いに行くからね・・・

 次の日、練習所でメンバーのみんなに今後の休みを聞いた。理由を知らないメンバーは鼻で笑う。

「そんなのずっとあるわけないでしょ。連休のあとはドカッと仕事が入るって楽坊の法則じゃん」

ジンジンが鏡を見ながら言う。今日は何かあるんだろうか、みんなオシャレをしていた。バオが聞く。

「仕事熱心なユエンが休みを聞くなんてめずらしいね。何かあるの?」

隠すことじゃないのでみんなに話した。イエンとジェンナンは知っているから、可愛く驚いたフリをしていた。

「ユエン、その子すごくかわいいけど、これから大変だよ。海外公演もあるのに、会えなくなるよ」

「家族にさえ満足に会えないほど忙しいのに・・・毎日待ってるってちょっと心苦しくなりそう。じゃない?」

ジンの言葉はユエンの心に半分かぶさっている心配事そのものだった。私が仕事を頑張れば頑張るほど、ナンリーは泣いて待ってるんじゃないかって。それに彼女は学校に行っていない、毎日が休みなのだ。

「・・・なんとか、会いに行くようにするわ。なんとか。申し訳ないんだけど、みんな協力してくれない?」

ユエンが遠慮がちに言った。みんなそれぞれ顔を見合わせると、ニカッと白い歯をユエンに見せた。

「なに水くさいこと言ってるの!もちろん協力するわ!ユエンにはいつも優しさをもらってるからお返しよ」

シュアンが代表して言う。ユエンはホッとした。ありがとう、このグループにいれる事に改めて感謝した。

「さっ、練習だよ!その後イベント参加だから、今のうちにオシャレしとこうね」

「忘れてたわ!それ私服で参加だったわよね。アーア、あのスカート履いてくれば良かったわ・・・」

 その頃、ナンリーは家でひどく咳き込み血を吐いていた。

「安静にしてなきゃいけないのに、なんで走ったりしたんだ!!」

「ごめんなさいパパ・・・・でも私、友達ができたの!・・・今のうちに一緒に思いっきり遊びたいの!」

シンスーは背中をさすりながら泣いていた。・・・ユエンさん、会いに来てやってください。こいつは・・・

「休み後の仕事ってなんでいつもこうなんだろうね。ま、忙しいのはありがたい事だけど」

クンが肩をもみながら言う。ユエンはそうね、と微笑んで言うが心の中は穏やかではなかった。

最近何か”嫌な予感”がするのだ。いつから?多分ナンリーと出会ってからだろう。どこか落ち着かない。

「・・・私、今晩ちょっと行ってみるわ。今日何時に終わる予定だっけ?」

 夜になり最後の仕事の撮影が終わった。ここが市内で良かった。ユエンは急いで外に出てタクシーに乗った。目的地は約束の場所。”嫌な予感”を確かめに行くのだ。まだ約束の日じゃないけどなんとなく。

走って夜の浅い山道を走って行くと、やっぱり!ナンリーがいたのだ。いつものようにイスに座って。

「・・・ユエンさん?ユエンさんだ!わぁい!会いたかったー!」

勢いよく抱きついてきた。ナンリーの体は冷たかった。またずっと外にいたのね。約束は明日以降なのに。

「来ないってわかってるのに、なぜか待っちゃうの。もう会えないんじゃないかと不安なの。ごめんね・・・」

「ナンリーちゃん。いいのよ、寂しい思いはさせないから。そうだわ、私の大切な物をあげる」

そう言ってユエンは短い横笛を渡した。コンサートで使ったことがある笛だ。お礼に絵の具の筆をもらった。

「ユエンさんにあげる。私がいつも使ってた物だよ、私だと思って大事にしてね。あと、これもあげる」

まだ未完成の絵を指した。今日は描いていなかったのか画板と用紙しかなかった。

「必ず描き終えるから・・・完成したらユエンさんのお部屋に飾って。全部描けるように・・頑張るから・・」

急にナンリーが咳き込みだした。ハンカチで口を覆って苦しそうにしてる。ユエンが背中をさすった。

「ありがとう。風邪だから、もう治るから、あなたは何にも心配しないで!」

「わかってるわ。ただの風邪なのよね。元気になったらまた追いかけっこしようね。元気になったら・・ね。」

 ユエンが帰ってる途中、イエンとジンが迎えに来てくれた。夜道を1人じゃ危ないと心配してくれたのだ。

同じ頃、ナンリーが庭で兄と言い争っていた。シンスーはまた泣きそうになっていた。涙もろい男だ。

「こんな時間に外に出るな!頼むから無茶しないでくれ!元気になったら遊んでくれよ。いつかなるから」

「ウソツキ!私にはいつかなんて無いんだもん!もうすぐでいなくなるんだから!わかってるもん・・・」

ビンチュイとレイが顔を見合わせた。立ち聞きする気はなかったのだが、ナンリーという子の顔が見たくてコッソリ来てたのだ。暗くて顔がよく見えなかったが、彼女が重い病気だということだけははっきりわかった。

「レイちゃーん、もう暗いからよく見えなかっ・・」

シッ!とレイとビンチュイに口をふさがれたリーチュン。そのままヨロヨロと連行されてお寺を離れた。

「ハァー苦しかった。もう!なにするのよ2人とも!」

「聞いてリーチュン。あのナンリーって子、重い病気みたいよ。偶然家族とのやりとりを聞いちゃったのよ」

「しかもね、会話の中に『ユエンさんには言わない』って・・・言ってたよね?ビンチュイ」

「ええ。知ってるのは私達だけよ。だからどうにかあの子とユエンを1日も多く会わせるように協力しましょ」

「家で養生させて元気になったらにしたら?」

レイとビンチュイは再び顔を合わせた。ナンリーの言ってた言葉がよみがえる・・・『いつかなんて無いの』

 次の日、楽坊は北京花祭りのゲストだった。きれいな花に囲まれて演奏していると違う世界に行ったように夢心地になる。ユエンはふとナンリーに会いたくなった。こんな綺麗な花を見せてあげたいと思った。

数分後、花の写真を撮っていると、レイとリーチュンが駆け寄ってきた。

「ね、私達今から3時間近く自由なんだって。私達は居るからあなたはこっそりあの子の所に行きなよ」

「えっ?そんなのダメよ。この会場にいるのも仕事でしょ。夜行くからいいわよ」

「お願い行ってあげて!多分いると思うから。あ・・・いや、だって毎日待ってる子なんでしょう?」

ピンときた。この2人ナンリーの何かを知っているのね。でも聞かないでおこう、協力してくれているんだし。

そしてこっそり抜け出してタクシーで行った。メンバーはバラバラに花をみて回っているから気付いてない。

 ナンリーはやっぱりいた。ただ歩くのも辛そうなくらいゲッソリしていた。でもユエンを見ると笑顔になった。

「思ったより遠くて時間がないの。ねぇ見て、花祭りやってるのよ。とても綺麗でしょ!見せてあげたくて」

ユエンはデジカメを見せた。さっき撮った色とりどりの花の画像を見てナンリーは微笑む。幸せな時間・・・

「・・・ユエンさん・・・それ素敵な衣装・・・・1度でいいから、コンサート行ってみたいな・・・・」

直後咳き込んだ。ハンカチで抑えた、何度も咳き込んでいたのかそのハンカチはかなり赤く汚れていた。

「しっかりして!家に帰りましょう。私ももう戻らなきゃいけないし・・・夜また会いにくるからね」

ナンリーはハァハァと苦しそうにしながらも笑顔でうなずく。二人のそんな毎日が一週間続いた・・・

「私達、いつまで続けるの?」

練習所の控え室でティンが聞く。仕事の合間をぬってちょくちょくナンリーに会いに行く生活がもう一週間たったからだろう。メンバーのみんなが何かと理由つけてユエンのいない理由を王さんに話していた。

でもユエン1人が何度も抜けるのはさすがに無理なので、他のメンバーが代わりに行くこともよくあった。

「あの子が病気なのは見ればわかるわ。日増しにやせ細っていくし。ただね”怖い予感”がするの」

「その通りよ」

とジンジンが部屋に入ってきた。シュアンとクンも後ろにいる。まず「おはよう」とみんなに言った。

「今ここに来る前にあの子の所に行ってきたの。いつもの場所にいないから家に行ったらお兄さんが出て」

ーー『ナンリーは、とうとう起き上がれなくなりました。もう限界なんです・・・お願いします!もう妹をこのまま静かにさせてやって下さい!病気なんです。不治の病なんです。もう、駄目なんです!』--

全員絶句した。ここにはユエンだけがいない。まだ来ていないことがせめてもの救いだった。

「何もしなくても毎日体力が衰えていく病気なんだって。いつも咳き込むたびに吐血してたんだって。だからハンカチで・・。衰えを一時的に抑える薬はあるけど治す薬はないって。だから・・ガラガラな体に・・・」

そこまで言うと泣き出した。みんなも泣いていた。ナンリー・・まだ11歳なのに、もう生きられないなんて!

「それなら・・それならもっと楽しい話をしてあげればよかった。もっと時間をさいてあげればよかったよ」

「ユエンは・・・ユエンは知らないんでしょう?教えてあげないの?」

バオが鼻をすすりながら言う。クンが泣きながら答えた。

「ナンリーちゃんが嫌だって言うんだって。寝込んでる姿を見られたくないから。だから隠してたみたい」

バオは「けどもう時間がないんでしょう?はっきり伝えるべきよ!あんなに親しいんだから」

ソンメイは「そうしたらユエンの接し方が変わってしまうわ。それを嫌がるなら言わないほうがいいと思う」

レイは「でも最後は一緒に居させたほうがいいわよ。それで見届けてあげるべきよ」

ジンは「しかしそれでユエンが悲しみにくれて笛を吹かなくなったらどうする?それが心配だよ」

みんな意見はそれぞれだった。まとまらないでいると、ユエンが入ってきた。何も知らないで・・・

「おはよう。みんなどうしたの?」

ユエンがボソッと聞く。どこか不安そうな顔をして、なぜかしきりに左手の甲をこすっていた。

「なんかね、朝から胸騒ぎがするの。お経をあげても落ち着かなくて・・・バオ?」

「ユエン・・・。あのね、ごめんやっぱり言うわ。ナンリーちゃんの病気は・・!」

「わぁーー!!!」

ティンが叫んだ。みんなびっくりしてティンを見る。部屋がシンとなった。

「・・・言ったらだめだよ・・だって・・・あの子が今まで必死で隠してきたのに・・・ユエン?」

みんなが振り向くとユエンは耳をふさいで目をつぶっていた。ティンの声がうるさかったんじゃない、これは。

ユエンはみんなの視線を感じ、目を開けゆっくりと手を離した。そしてツーッと涙を一筋流した。

「・・・私・・今ナンリーちゃんを疑ったんだわ。風邪だって言うのに、本当は違うんじゃないかと・・疑った」

手が震えている。涙の量はだんだん多くなってきた。なんて純粋な考えだろうか。ジェンナンが抱きしめた。

「私、今聞きたくないと思って・・あの子の言う事を信じていない証拠だわ・・なんてひどい心・・ごめんね」

「あなたは何も悪い心を持っていないわ。ずっと信じようと頑張ってたのよね。ひどい人間なんかじゃない」

「そうだよユエン。ねぇ、あの子の夢は何?私達で叶えてあげようよ!」

「そうよ、やりましょうユエン!私達が出来る事。元気なうちにあの子を喜ばしてあげましょうよ!」

ユエンは涙を拭いてお礼を言った。そしてナンリーから聞いた『願い事』を教えた。

「よしさっそく計画立てよう!あの子には時間がないから・・・仕事が終わったらすぐ動こうよ!だから・・」

ジンの言葉の最後は言わずともみんな同じだった。なんとか、あの子が生きているうちに。どうか・・・!

今日の仕事は公開収録と練習。それでも夜になってしまった。終わるとみんなそれぞれ別に行動した。

 夜、ナンリーはほとんど動かない。しゃべりもしない、ただ必死に息をしている。兄が玄関に出た。

「お兄さん!妹さんは無事ですよね?お願いします!今少しの時間だけ私達に預からせて下さい!」

「だめです!あいつはもう少しで・・こんなに急に衰弱が激しくなったのは、あのユエンさんと1日中遊ばせた日からなんですよ!僕は、1分でも長く生かせてあげたいんです。もう・・・何もしないで下さい!」

「お願い!お兄さんの気持ちはわかります。でも夢を叶えられないまま死ぬなんて可哀そすぎますよ!」

シンスーとシュアンのやりとりが続いた。ここにはソンメイ、イエン、ティン、レイ、ジンも居た。時間がない!

「私達13人全員で頑張りますから!お願い。ちゃんとお返ししますから。どうか・・・あの子を・・」

ようやくシンスーは承諾し泣く泣く家に通した。両親は何も言わなかった。みんなナンリーの姿を見て目を見開いたが、動揺せずすぐレイがおぶって外に出てシュアンの車に乗った。残りはソンメイの車に乗った。

 街を通り抜けた辺りで2台は止まった。ここから先は歩いて路地裏を通らなければ行けなかった。

「私がこのままおんぶして行くわ。みんな、走りましょ!少しでも早く」

ナンリーはレイの背中でも苦しそうに息をしていた。途中レイに代わってジンがおぶった。全員必死だった。

「ハァハァ・・・着いたわ。ナンリーちゃん、ここにユエンがいるよ!」

イエンの声に反応しなかった。6人が入るとそこは小さなライブハウスだった。真っ暗の中、急にパッとステージにスポットライトがつく。そこに立っていたのはユエンだった。笛を持ったままナンリーに話しかける。

「ようこそ!これからナンリーちゃんのために、ミニ十二楽坊が演奏します。まずは私のソロからよ」

そう言って『感謝年華』のユエンのパートを吹いた。小鳥の鳴き声のような笛の音に、ナンリーは顔をあげた。まだ息苦しそうだが、ユエンの姿を見るとうっすら笑顔になった。私ユエンさんのステージ、見れたんだ。

ジンはちょくちょく背中のナンリーに話しかけた。ティン達は近くに立って彼女の無事を確認する。

「ご清聴ありがとう。次の曲は『S.D花園』です。ナンリーちゃん、前にお花を見て笑っていたよね」

ステージ全体が明るくなる。メンバーがバタバタと入れ替わり、照明がティンとバオ。二胡はリーチュンとイエン、琵琶はシュアン、笛はユエンとビンチュイ、揚琴はソンメイ、古筝はジンジンとなった。演奏開始!

「ジン、私が代わりにおぶってあげるわ。ナンリーちゃん、ユエンの姿、素敵ねぇ・・・」

ジェンナンが横を向いてナンリーの見やすいようにした。立ってるクンとレイとジンはナンリーの顔を見た。

・・幸せそうだった。生まれて初めてのコンサート!素敵な音楽に光り、大好きな人の演奏姿・・・

「ハァ・・ハァ・・ユエンさん・・・カッコイイ・・・会えて・・良かった・・・。もっと・・生きて・・・いたかったよ」

ユエンの笛の音が高く響いた時、ナンリーの目から涙がこぼれた。・・夢が叶った・・・ありがとう・・・

「ユエン綺麗ね、ナンリーちゃん。・・・ナンリーちゃん?・・ナンリーちゃん!しっかりして!ねぇ!」

クンの叫びで演奏が止まった。もうあとすこしでラストだった。ユエンがステージから降りて駆け寄る。

「ナンリーちゃん!しっかり!寝ちゃだめ、帰りましょう。ね?一緒に帰ろうね!」

そして今度はユエンがナンリーをおぶり、急いでシュアンの車まで走った。他のメンバーは居残った。

「ハァ、ハァ、ナンリーちゃん起きてる?お兄さんが待ってるからね!私なんかの前で逝ってはだめよ!」

「・・・・もう・・・・いいよ・・・・・ここで・・・」

ユエンは泣きたい気持ちをグッとおさえ懸命に走った。そして車に乗るとナンリーにひざ枕をしてあげた。

「もう着くからね!すぐだからね!」

「・・・もう・・いいの・・・ユエンさん・・・ありがとう・・・さよなら」

その言葉にこらえられなくなりユエンはナンリーの上体を起こして抱きしめた。強く優しく、慈愛の心で。

「あなたは私の大事な妹なのよ。そして、大切な友達。失いたくないの!大好きよ」

・・・・・・・・・死にたくない。もっと生きていたかった。・・・・・・・・・

ナンリーはもうろうとした状態で思った。小さい頃に受けた死の宣告。そのせいで学校にも行けず友達もいなかった。寂しかった。ずっと1人ぼっちならいつ人生が終わってもいいと諦めて生きていた。なのに・・

「・・・私・・死にたくない・・よ・・ユエンお姉ちゃんと・・・もっといっぱい・・・お話・・・したかった・・・」

涙がとめどなく流れた。私今やっと”もっと生きたい”という感情になれたんだ。ありがとう、ユエンさん。

「笛・・・かっこよかった・・・・もっと・・・聞きたかったな・・・」

「ナンリーちゃん、仏教では人は輪廻転生するのよ。生まれ変われるのよ。だから私達また会えるわ」

「そしたら・・・また・・・笛を・・・吹いて・・・くれる?」

「ええ!また出会いましょう。また笛を聞かせてあげるからね。・・・今度は、元気な子になってね・・・」

ウッ・・とユエンが泣き出した。運転していたシュアンは一生懸命涙をこらえていた。お寺はもうすぐだ。

「・・・・また・・・いっしょに・・・・あそぼう・・・・ね・・・」

 これが、ナンリーの最後の言葉となった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ユエンさん」

振り向くとシンスーが立っていた。ユエンは立ち上がりゆっくりおじぎをした。今日はよく晴れていた。

「お久しぶりです。お忙しい中、妹に会いにきてくれてありがとうございます。きっと喜んでいますよ」

ナンリーがこの世を去って一週間後の春の日。二人はナンリーのお墓の前で話し始めた。

「正直、あの日妹をあの状態であなた達に預けた時、もう生きて帰ってはこないと思ってました」

・・ナンリーは頑張った。ユエンが家に連れて帰った時はまだ息があった。声は全く出さなかったが、ユエンの願い通り、ナンリーは家族に見届けられて逝けたのだ。その時の表情はとても幸せそうだった。

「僕は少しでも長く生きてて欲しかった、だから動かないで寝ててくれといつも言ってたんです。でもそうしてたら、最後にあんな菩薩様のような顔をして逝くことはなかったでしょう・・・あなたに教えられました」

「いいえ。心を満たしてあげることは出来ましたが、結果的に命を縮めてしまいました。すいません・・」

「あなただからいいんです。ナンリーの好きな人ですから・・あっ、これ。ナンリーからの贈り物です」

差し出されたのは丸まった画用紙だった。ユエンは広げてみると息を飲んだ。なんてキレイな水彩画!

「絵を描くと言い出したのはほんの2年くらい前です。裏山のあの場所もその頃から行くようになって。それまでいつも寝ていたのですよ。何を見て急に描くようになったのか、それを見て今やっとわかりました」

ユエンは絵を見てぽろぽろ涙がこぼれてきた。これを私に見せるために、ずっと頑張ってたんだねぇ。

「ナンリーちゃん、ありがとう。大事に大事にするからね。ずっと・・・あなたを忘れないからね・・・」

ユエンは絵を胸にあててお墓を見つめた。お礼が言いたかった。本当は、生きてるうちに・・。

「楽坊さん、ユエンさん。ナンリーを最後まで可愛がってくれて、本当にありがとうございました!」

シンスーが手を合わせ深々と頭を下げた。ユエンも手を合わせ頭を下げる。風が優しく吹いていた。

 次の日、13人で裏山のあの場所に行った。今日もよく晴れていて、心地いい風が春らしかった。

出会った場所に近づくたび、ナンリーが居るんじゃないかと期待してしまう。本当は全部ウソなんだよね?

ハッ、ハッ、と息せき切らして走っていくユエン。ねぇ、いるよね?いつものように、居るわよね?

あと何メートルかという所でユエンは立ち止まった。ナンリーが座ってこっちを見ているのだ。いつものように。

「・・ナンリーちゃん!無事だったのね!会いたかった!私、あなたに話したいことがたくさんあるの。」

笑顔で走って近づくと、ナンリーの笑顔が風に乗ってフゥーっと消えた。「待って!」手を伸ばしたがつかんだのは風だった。・・・ユエンは幻をみたのだ。いや、ナンリーは本当にここに来ていたのかも知れない・・・

「ユエン、大丈夫?一瞬でも、会えてよかったね」

シュアンが頭をなでる。ユエンは右手の握りこぶしをそっと開いた。何かが空に飛んで行ったような気がした。

「その絵見せて」とナンリーの描いた絵を広げる。わぁ、と歓声をあげた。その絵は、ちょうどこの場所から見た風景である。木と木の間から美しく咲いているのは梅の花。鮮やかなピンクが中心になっていた。

「あの家と家の間に咲いている梅の木だね。小さいのにとても存在感があって近くに見える。素敵!」

『ユエンさんがお花だったら梅の花が似合う』前にそんな会話をした事があったのを思い出した。覚えていてくれたんだね、だから・・。これはナンリーの精一杯の告白だった。”大好きな人”を描いたんだ。

「ユエン・・・お礼言わなきゃね、ナンリーちゃんに。あなたなりにね」

ジェンナンの言葉でユエンは頷きバックから笛を取り出した。みんな気付いてそれぞれ3歩後ろにさがる。

ユエンは景色を見ながら吹き始めた。その曲は、とても悲しそうでゆっくりで・・・今の心情に合っていた。

「聞いたことないわね、この曲。でもとても癒されるし、泣きたくなるね・・」

イエンがクンに小声で言った。そうこの曲は、ユエンの先生のオリジナルの1曲なのだ。感情移入がとても難しくて、ユエンでさえ最近になってやっと、先生から合格の評価をもらったという曲なのだ。

『ナンリーちゃん、聞こえてますか?私からのお礼です・・・あなたのための曲なのよ。天国に届いてる?』

木々にも浸透するようなくらい、この風景と心情、青空にとても合う笛の音色。そしてユエンの涙。

春風に乗って、音楽はどこまでも届くような気がした。遠い、あの子のいる所まで・・・・。

  • 2005/04/20~04/30
  • written by りょう


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